書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

国内(あ行の作家)

『夜の道標』芦沢央|心あたたまるミステリー

『夜の道標(どうひょう)』芦沢央 中央公論新社[中公文庫] 2025.05.16読了 さくさくと読みやすい。ストレスなく自然体で読み進められて「これは多くの人に読まれるだけあるな」と納得した。作品のジャンルからも連想するのか、柚木裕子さんが書くものに近…

『庭』小山田浩子|自然界の生物と高齢者を慈しむ

『庭』小山田浩子 新潮社[新潮文庫] 2025.04.16読了 昨年の12月に小山田さんの作品と衝撃的に出会い、もうかれこれ4冊目になる。この本には短い短編が15作収められている。タイトルに「庭」という単語が入る作品が2作ある。私は庭がある家に住んだことがな…

『遠慮深いうたた寝』小川洋子|文章を光らせたのは作家ではなくあなた自身

『遠慮深いうたた寝』小川洋子 河出書房新社[河出文庫] 2025.04.02読了 タイトルの「遠慮深い」をてっきり「思慮深い」だと勘違いしていた。全く異なる意味なのに、漢字が似ているだけで思い込みがひどい…。確かにうたた寝に「思慮深い」なんてないよな、…

『穴』小山田浩子|人はみな、なんらかの穴に落ちてしまうのだ

『穴』小山田浩子 新潮社[新潮文庫] 2025.03.16読了 癖になる小山田さんの小説。本当はこの『穴』から読めばよかったのかもしれない。というのも、この作品で芥川賞を受賞されたからだ。別に芥川賞作がその作者の傑作だとかすべてが自分に合っているかなん…

『ブロッコリー・レボリューション』岡田利規|独特の読了感、ガム噛んだ

『ブロッコリー・レボリューション』岡田利規 新潮社[新潮文庫] 2025.02.23読了 なんだかガムを噛んでるみたいだった。というちょっと変わった感想だが本当にそうなのだ。読み終えたら口の中が俄然スカッとする。 この本には、三島由紀夫賞を受賞した表題…

『デートピア』安堂ホセ|ベテラン作家と見紛うほどの若き小説家

『デートピア』安堂ホセ 河出書房新社 2025.02.02読了 さて、ホットな一冊を。先日発表された第172回芥川賞受賞作2作のうち安堂ホセさんのほうを読んだ。『ジャクソンひとり』が候補作になっていたときから確かに気になってはいた。芥川賞候補作になったのも…

『燃えつきた地図』安部公房|読点だらけの文体から切迫感が伝わってくる

『燃えつきた地図』安部公房 新潮社[新潮文庫] 2025.01.27読了 安部公房さんの本を読むのは『砂の女』『けものたちは故郷をめざす』に次いでおそらく3冊目である。今までの2作は自分にはそんなに合わなかったのか、読解力不足故か私にはあまり良さがわから…

『工場』小山田浩子|この工場で働く人たちはもしかすると自分自身かもしれない

『工場』小山田浩子 新潮社[新潮文庫] 2025.01.03読了 先月読んだ小山田浩子さんの『最近』があまりにも好みだったので、さっそく2冊目を。これは表題作を含めた中短編3作がまとめられた本である。表題作『工場』は、新潮新人賞と織田作之助賞を受賞してい…

『氷壁』井上靖|人間を信じるということ

『氷壁』井上靖 ★ 新潮社[新潮文庫] 2024.12.19読了 先月井上靖さんの『しろばんば』を読んで、文豪のとてつもない力量に打ち震えた。続編の『夏草冬濤』を準備してはいるがなんとなく今は少年の気持ちに寄り添う気分ではないのか、大人が主人公のこの作品…

『最近』小山田浩子|読んでいて安心する、なんか癖になりそう

『最近』小山田浩子 ★ 新潮社 2024.12.07読了 元々文芸誌に掲載されていた短編が束になり連作短編集になったもの。タイトルの『最近』という作品があるわけではない。最近というのは、2011年の冬から2023年の秋頃までの間、つまりつい最近の出来事が書かれた…

『海と毒薬』遠藤周作|罪悪感とは何なのだろう

『海と毒薬』遠藤周作 新潮社[新潮文庫] 2024.11.26読了 言わずと知れた遠藤周作さんの名作である。新潮文庫の夏のフェアが好き(もう冬だけど!)で、というかフェアというよりも購入すると毎年ついてくるステンドグラス風の栞が好みなんだよなぁ。この『…

『猟銃・闘牛』井上靖|大衆的なテーマにも文学性が息づく

『猟銃・闘牛』井上靖 新潮社[新潮文庫] 2024.11.11読了 先日井上靖さんの『しろばんば』を読み、その類まれなる物語性と文章に心を奪われたので早速初期の作品を読んだ。 『猟銃』 これは井上さんの処女作で佐藤春夫さんが絶賛した小説である。これが初め…

『しろばんば』井上靖|少年期を扱った本格小説、やはり井上靖さんは偉大だ

『しろばんば』井上靖 ★ 新潮社[新潮文庫] 2024.11.05読了 土蔵造りの家に住む洪作は、おぬい婆さんと二人暮らしである。伊豆の湯ヶ島という田舎町で、5歳からの幼少期を過ごした洪作の少年期の心の動きや成長が丁寧に情感たっぷりに書かれた作品である。…

『虚史のリズム』奥泉光|何もかもが超ド級マンモス小説!

『虚史のリズム』奥泉光 集英社 2024.10.14読了 いやー、長かった!感想がどうこうよりも、今はもうこれを読み終えたという達成感が大きい。一冊の本としては、読了するのに今年一番時間がかかったような気がする。よく読み通したと少しばかり自分を褒めたい…

『母の待つ里』浅田次郎|現実を忘れて心地良くなれる場所を求める

『母の待つ里』浅田次郎 新潮社[新潮文庫] 2024.09.28読了 ある外資系サービス会社が提供するプレミアムクラブ・メンバー限定の顧客サービス、それが故郷を擬似体験するというものである。還暦近い3人の男女がこのサービスを受ける。 最初は「変な話だなぁ…

『海峡』『春雷』『岬へ』海峡三部作 伊集院静|人間が生き抜くこと、信念を貫き通すこと

『海峡 海峡幼年篇』『春雷 海峡少年篇』『岬へ 海峡青春篇』伊集院静 新潮社[新潮文庫] 2024.09.21読了 伊集院静さん追悼の帯がかけられて重版されていた。表紙のタイトルの文字は伊集院さん自ら筆を取った字のようで、なんと達筆で多才な方よと思う。伊…

『サンショウウオの四十九日』朝比奈秋|中性的な思考小説

『サンショウウオの四十九日』朝比奈秋 新潮社 2024.08.18読了 先日第171回芥川賞を受賞した作品である。朝比奈秋さんの名前は何度か目にしており『植物少女』という小説家が何かのテレビ番組で紹介されているのを見てとても気になっていた。 結合双生児とし…

『フルトラッキング・プリンセサイザ』池谷和浩|現実と仮想空間のきわ

『フルトラッキング・プリンセサイザ』池谷和浩 書肆侃侃房 2024.07.06読了 タイトルの意味もよくわからないし、ことばと新人賞なるものも知らないし、著者の名前も初めて見る。それなのに手にしたのは、帯の滝口悠生さんの名前のせいだ。どんなものであれ彼…

『女の一生』遠藤周作|長崎への想い、愛を持って生きること

『女の一生』一部・キクの場合 二部・サチ子の場合 遠藤周作 ★★ 新潮社[新潮文庫] 2024.06.25読了 遠藤周作さんが長崎を舞台にして書いた大河長編小説である。『女の一生』というとモーパッサンが思い浮かぶ(まだ読んでいないよな…)。この本は遠藤周作氏…

『華岡青洲の妻』有吉佐和子|憧れが憎悪に変わる時

『華岡青洲の妻』有吉佐和子 ★ 新潮社[新潮文庫] 2024.05.21読了 華岡青洲というちょっと大それた名前。幾度もドラマ化されたようだが、以前TBSで放映されていた『仁』というドラマで大沢たかおさんが演じた脳外科医は、華岡青洲の麻酔術を利用していたよ…

『TIMELESS』朝吹真理子|たいせつになったなりゆき

『TIMELES』朝吹真理子 新潮社[新潮文庫] 2024.04.15読了 朝吹真理子さんの芥川賞受賞作『きことわ』を実はまだ読んでいない。芥川賞作品は思いたったら速攻読まないと結構忘れてしまうことが多い。確か親族だったと思うけど朝吹さんという方の翻訳された…

『我が友、スミス』石田夏穂|肉体をいじめ倒す快感

『我が友、スミス』石田夏穂 集英社[集英社文庫] 2024.03.31読了 筋トレ小説ってなんだろう?と芥川賞候補になっていたときに気になり、「スミス」というのが人の名前ではなく筋トレマシーンの名前だと知った。もう文庫本になるなんて、早い。 カーリング…

『御社のチャラ男』絲山秋子|日本の会社ってこんなだよな

『御社のチャラ男』絲山秋子 講談社[講談社文庫] 2024.03.09読了 大谷翔平選手の話題で持ちきりの毎日である。彼の好みの女性のタイプに「チャラチャラしていない人」というのがあるらしい。マスコミが言ってるだけかもしれないけれど。「チャラい」ってい…

『フランス革命の女たち 激動の時代を生きた11人の物語』池田理代子|ベルばらを読みたくなってきた

『フランス革命の女たち 激動の時代を生きた11人の物語』池田理代子 新潮社[新潮文庫] 2024.03.04読了 子供の頃大好きだった漫画の一つが『ベルサイユのばら』である。女子はたいていハマっていた。文庫本の表紙にある、奮い立つオスカルとそれを守ろうと…

『さびしさについて』植本一子 滝口悠生|いろんな感情を大切にしたい|滝口さんの思想がたまらんく好き、んで、植本さんのことも好きになった

『さびしさについて』植本一子 滝口悠生 ★ 筑摩書房[ちくま文庫] 2024.02.23読了 読んでいるあいだ、ずっと胸がいっぱいで、喜びと苦しさとが一緒くたになったような気持ちになった。儚いけれど心地の良い往復書簡だ。 滝口悠生さんの本だ!と嬉しくなって…

『みどりいせき』大田ステファニー歓人|小説って自由なんだな

『みどりいせき』大田ステファニー歓人 集英社 2024.02.09読了 タイトルも著者の名前も個性的だからひときわ目立つ。第42回すばる文学賞受賞作であることよりも彼の名前を知らしめたのは、その受賞スピーチであろう。「なんかおもしろそうな人が出てきたよ」…

『変な家』雨穴|間取りを見るのは生活を見ること|今売れている本を読むこと

『変な家』雨穴(うけつ) 飛鳥新社 2024.02.07読了 昨年から、どんな書店に行っても目立つところに積み上げられているから、確かに気にはなっていた。けれど、自分が読みたいジャンルの本じゃないと思っていた。それでも、文庫になったからついつい…。朝こ…

『チーム・オルタナティブの冒険』宇野常寛|素直な文章で淡々と独白されるがこれがハマる

『チーム・オルタナティブの冒険』宇野常寛(つねひろ) 集英社 2024.01.17読了 知らない作家の知らない小説を読みたいなと思って書店をうろうろ物色していたら気になった本がこれである。目にしたことはあったような気がするが読んだことがない作者。宇野常…

『日本蒙昧前史』磯﨑憲一郎|あの時代に確かにあった、あんなこと、こんなこと

『日本蒙昧(もうまい)前史』磯﨑憲一郎 文藝春秋[文春文庫] 2024.01.02読了 タイトルにある「蒙昧」とは「暗いこと。転じて、知識が不十分で道理にくらいこと。また、そのさま。(goo辞書より)」という意味である。ということはつまりこの作品は、日本…

『がん消滅の罠 完全寛解の謎』岩木一麻|結局、がんというのは何ものなの?

『がん消滅の罠 完全寛解の謎』岩木一麻 宝島社[宝島社文庫] 2023.12.04読了 副題の一部になっている「寛解(かんかい)」の意味は、医学用語で「がんの症状が軽減したこと」である。つまり、完全寛解とは、がんが完全に消滅して検査値も正常を示す状態の…