書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

2024-01-01から1年間の記事一覧

『富士山』平野啓一郎|生きることは選択をし続けること

『富士山』平野啓一郎 新潮社 2024.11.09読了 普段短編集を単行本で買うことはあまりないのだけれど、一部のお気に入りの作家のものは手に入れる。つまり、平野啓一郎さんもお気に入りに入っているということ。手元に置きたいと言うよりも、文庫になるのを待…

『天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々』メイソン・カリー|誰にでもある日常のルーティーン、うまくいかせるか?

『天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々』メイソン・カリー 金原瑞人、石田文子/訳 フィルムアート社 2024.11.09読了 あまりにも物語世界に浸り続けると疲れてしまうので、ちょっと休憩してエッセイを読んだ。少し前にX…

『敵』筒井康隆|日常の飽くなきまでの細かい観察と妄想

『敵』筒井康隆 新潮社[新潮文庫] 2024.11.07読了 75歳の独居老人渡辺儀助のとりとめもない独白が続く。住んでいる家がどうとか、預貯金やら、老臭やら、身の周りのものなど自身の想いがつらつらと、滑稽な語りで綴られる。長編小説というくくりになってい…

『しろばんば』井上靖|少年期を扱った本格小説、やはり井上靖さんは偉大だ

『しろばんば』井上靖 ★ 新潮社[新潮文庫] 2024.11.05読了 土蔵造りの家に住む洪作は、おぬい婆さんと二人暮らしである。伊豆の湯ヶ島という田舎町で、5歳からの幼少期を過ごした洪作の少年期の心の動きや成長が丁寧に情感たっぷりに書かれた作品である。…

『三つ編み』レティシア・コロンバニ|女性の生きづらさ、そして強さ

『三つ編み』レティシア・コロンバニ 齋藤可津子/訳 早川書房[ハヤカワepi文庫] 2024.11.02読了 私は今までの人生のほとんどをショートヘアで過ごしてきた。長くしていた時でも、やっと結えるくらいの長さ。だから、表紙のイラストのようないわゆるお下げ…

『パンとサーカス』島田雅彦|テロのあとに何が残るのか

『パンとサーカス』島田雅彦 講談社[講談社文庫] 2024.10.31読了 中国やインドが、どれだけ人口を増やそうが産業により目覚ましい発展をしたとしても、日本の目標でありかつ敵であるのは大国アメリカだと思う。数多ある国のうち、意識しているのは常にアメ…

『フォース・ウィング 第四騎竜団の戦姫』レベッカ・ヤロス|ストーリ性は抜群、映像化またはアニメ化に向いている

『フォース・ウィング 第四騎竜団の戦姫』上下 レベッカ・ヤロス 原島文世/訳 早川書房 2024.10.27読了 騎手科に入るためにまずは細い不安定な橋を渡り切らなければならない。落ちたら即死だ。実際に毎年何人かの死者が出る。橋の手前でこれから友になりそ…

『ナチュラルボーンチキン』金原ひとみ|樹のように穏やかに生きて一緒に朽ち果てる

『ナチュラルボーンチキン』金原ひとみ ★★ 河出書房新社 2024.10.23読了 なにこれ、めちゃくちゃ好き。わかりみが強すぎる。 まさかさんが優しすぎて、おいおい泣きたくなる。 主人公の文乃みたいな人、日本にはたくさんいるだろうなと思う。年齢が近いから…

『死者は嘘をつかない』スティーヴン・キング|ホラー要素満載だけど怖くないよ

『死者は嘘をつかない』スティーヴン・キング 土屋晃/訳 文藝春秋[文春文庫] 2024.10.22読了 この作品は、キングお得意の幽霊ものでホラー要素満載だ。キングの初期作品に原点回帰したようで、ストーリーもなかなか良かった。とはいえ米国で2021年に刊行…

『雪の花』吉村昭|医学の進歩と発展は昔の人たちが命懸けでおこなったから

『雪の花』吉村昭 新潮社[新潮文庫] 2024.10.18読了 私が天然痘という病を初めて知ったのは、池田理代子作の漫画『ベルサイユのばら』を子供の時に読んだ時である。時の王ルイ16世だっただろうか、天然痘にかかり顔に吹き出物が表れた姿は画とはいえど印象…

『弟、去りし日に』R・J・エロリー|誠実かつ王道のヒューマンミステリー

『弟、去りし日に』R・J・エロリー 吉野弘人/訳 東京創元社[創元推理文庫] 2024.10.17読了 原作のタイトルは『The Last Highway』であるから、随分と飛躍している邦題だなと思った。弟の訃報を知ったときにヴィクターはハイウェイ(高速道路)に眼をやり…

『あのころなにしてた?』綿矢りさ|普通の人と同じようにコロナ禍を過ごすが作家独特の感性がある

『あのころなにしてた?』綿矢りさ 新潮社[新潮文庫] 2024.10.14読了 タイトルにある「あのころ」というのは新型コロナウイルスの感染が猛威をふるい始めた2020年のこと。4年前、私自身はどうしていたかなぁ。2月に個人的なことで初めての手術と入院があっ…

『虚史のリズム』奥泉光|何もかもが超ド級マンモス小説!

『虚史のリズム』奥泉光 集英社 2024.10.14読了 いやー、長かった!感想がどうこうよりも、今はもうこれを読み終えたという達成感が大きい。一冊の本としては、読了するのに今年一番時間がかかったような気がする。よく読み通したと少しばかり自分を褒めたい…

『灯台へ』ヴァージニア・ウルフ|分かり合えないことを肯定してくれる

『灯台へ』ヴァージニア・ウルフ 鴻巣友季子/訳 新潮社[新潮文庫] 2024.10.05読了 ストーリー自体は特になくて、ただただひたすらに心理的な描写が続いていく。お世辞にも物語としておもしろいとは言えないのに、どうしてこんなにも魅了されるのだろう。…

『ガチョウの本』イーユン・リー|青春期のほんの僅かなかけがえのない瞬間

『ガチョウの本』イーユン・リー 篠森ゆりこ/訳 河出書房新社 2024.10.01読了 不思議なタイトルだなと思いつつ読み進めると、語り手アニエスが飼っているのがニワトリとガチョウだと知る。そのガチョウの話なのか?愚鈍で間抜けなイメージがあるガチョウ?…

『母の待つ里』浅田次郎|現実を忘れて心地良くなれる場所を求める

『母の待つ里』浅田次郎 新潮社[新潮文庫] 2024.09.28読了 ある外資系サービス会社が提供するプレミアムクラブ・メンバー限定の顧客サービス、それが故郷を擬似体験するというものである。還暦近い3人の男女がこのサービスを受ける。 最初は「変な話だなぁ…

『ジョヴァンニの部屋』ジェームズ・ボールドウィン|内面の葛藤や苦悩がほとばしる

『ジョヴァンニの部屋』ジェームズ・ボールドウィン 大橋吉之輔/訳 白水社[白水Uブックス] 2024.09.26読了 ボールドウィン生誕100年ということで、装い新たに帯が巻かれて書店の新刊コーナーにあった。読み終えた今、絶望感に苛まれてなかなか重たい気分…

『霧』桜木紫乃|この世には「幸福」はなくても「幸福感」はある

『霧』桜木紫乃 講談社[講談社文庫] 2024.09.24読了 北海道・根室で水産業を営む河之辺家に3姉妹がいた。長女の智鶴(ちづる)は政界を目指す御曹司の元へ嫁ぐ。次女の珠生(たまき)は家を出て花街に飛び込む。三女の早苗は地元の信用金庫の経営者と一緒…

『海峡』『春雷』『岬へ』海峡三部作 伊集院静|人間が生き抜くこと、信念を貫き通すこと

『海峡 海峡幼年篇』『春雷 海峡少年篇』『岬へ 海峡青春篇』伊集院静 新潮社[新潮文庫] 2024.09.21読了 伊集院静さん追悼の帯がかけられて重版されていた。表紙のタイトルの文字は伊集院さん自ら筆を取った字のようで、なんと達筆で多才な方よと思う。伊…

『小さな場所』東山彰良|中国語が日本社会の中に溶け込む日は近いかも

『小さな場所』東山彰良 文藝春秋[文春文庫] 2024.09.13読了 台湾のどこにでもあるような街・紋身街(もんしんがい)にある食堂の息子景健武(ジンジェンウ)の目線で描かれる連作短編集である。どこにでもいる人たち、どこにでもある些細な事件、つまり他…

『リヴァイアサン』ポール・オースター|親友に捧げる愛の鎮魂歌

『リヴァイアサン』ポール・オースター 柴田元幸/訳 ★★ 新潮社[新潮文庫] 2024.09.12読了 どうしてこんなにも私の心を鷲掴みにするのだろう。この導入部、この語り口、この読み心地。例によって冒頭2〜3頁読んだだけで惹き込まれたわけだが、ふとこの感覚…

『笑うマトリョーシカ』早見和真|味方だと思っていたら敵なんてことも

『笑うマトリョーシカ』早見和真 文藝春秋[文春文庫] 2024.09.09読了 早見和真さんの作品は『イノセント・デイズ』や『店長がバカすぎて』が好評のようでとても気になっていた。読むのはこれが初めてだ。この『笑うマトリョーシカ』は今クールでテレビドラ…

『彼岸過迄』夏目漱石|改題「蛇の長杖」、ジャンルは精神分析小説

『彼岸過迄』夏目漱石 ★ 新潮社[新潮文庫] 2024.09.08読了 先日読んだ島田雅彦さんのエッセイで、夏目漱石著『彼岸過迄』の尾行の場面について「探偵小説」の一つだと話していた。漱石ってそんな小説も書くのかなと俄然興味を持っていた。 この小説は朝日…

『ビリー・サマーズ』スティーヴン・キング|それなりの真実が含まれているとおもしろくなる

『ビリー・サマーズ』上下 スティーヴン・キング 白石朗/訳 文藝春秋 2024.09.03読了 圧巻の物語だ。やはりキングって桁違いだなと唸らされる。キングの作品は外れが少ないので読む前からどうしてもハードルが上がってしまうのだが、その期待が損なわれるこ…

『隅田川暮色』芝木好子|東京の下町で伝統工芸とともに生きる

『隅田川暮色』芝木好子 中央公論新社[中公文庫] 2024.08.28読了 縁あって私は現在隅田川界隈に歩いて行ける距離に住んでいる。ダイエット目的で10年以上前から始めたのに、今はもはや健康維持でしかなくなっているスロージョギングは、隅田川テラスを中心…

『バリ山行』松永K三蔵|爽快感がたまらない。メガさんは最後に何と言ったのだろう?

『バリ山行(さんこう)』松永K三蔵 講談社 2024.08.26読了 著者の松永さんが会見で「オモロイので」と語っていた通り、オモロくて何よりバリ読みやすかった。いや、『バリ山行』の「バリ」はこの意味じゃないのよね。タイトルを初めて目にした時は私は「と…

『別れを告げない』ハン・ガン|隠された歴史を紐解く

『別れを告げない』ハン・ガン 斎藤真理子/訳 白水社[EX LIBRIS] 2024.08.25読了 済州島4・3事件のことは全く知らなかった。韓国で1948年に起きた大規模な集団虐殺事件のことだ。この小説を読みながら少しずつ把握したつもりだったが、実際には訳者の斎藤…

『檜垣澤家の炎上』永嶋恵美|ネット用語の炎上ではない、舞台は大正時代

『檜垣澤(ひがきざわ)家の炎上』永嶋恵美 新潮社[新潮文庫] 2024.08.22読了 直近の芥川賞受賞作を買うために書店に行ったら、文庫新刊の棚で見つけた。失礼ながら永嶋恵美さんという方のことは知らなかったが、帯にある『細雪』『華麗なる一族』に惹かれ…

『サンショウウオの四十九日』朝比奈秋|中性的な思考小説

『サンショウウオの四十九日』朝比奈秋 新潮社 2024.08.18読了 先日第171回芥川賞を受賞した作品である。朝比奈秋さんの名前は何度か目にしており『植物少女』という小説家が何かのテレビ番組で紹介されているのを見てとても気になっていた。 結合双生児とし…

『ガープの世界』ジョン・アーヴィング|人間が生きることの全てがここにある

『ガープの世界』上下 ジョン・アーヴィング 筒井正明/訳 ★ 新潮社[新潮文庫] 2024.08.17読了 いつか読みたいなとずっと思っていた作品。西加奈子さんを始めとして多くの方が絶賛し、アーヴィングの名を世界中に知らしめた作品だ。自伝的小説ということで…