書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

◇小説

『人生と運命』ワシーリー・グロスマン|自分の人生を切り開くのは自分の歩みによる

『人生と運命』123 ワシーリー・グロスマン 齋藤紘一/訳 みすず書房 2022.9.22読了 現代ロシア文学の傑作として名高い大作『人生と運命』を読み終えた。全三部作でとても長かったが、タイトルから想像できるように重厚で濃密な読書時間を堪能できた。小…

『独り舞』李琴峰|台湾人から日本語を教わる

『独り舞』李琴峰 光文社[光文社文庫] 2022.9.16読了 以前読んだ李琴峰さんの『ポラリスが降り注ぐ夜』がとても良かったので、デビュー作で群像新人文学賞を受賞されているこの作品を読んだ。テーマは『ポラリス〜』と似ており、性的マイノリティに悩む若…

『ゼロ時間へ』アガサ・クリスティー|全てが集約される

『ゼロ時間へ』アガサ・クリスティー 三川基好/訳 早川書房[クリスティー文庫] 2022.9.15読了 タイトルにある「ゼロ時間」とは、刻一刻と迫る何かのタイムリミットなのか?いや、ここではクライマックスの最後の瞬間のことである。全てが集約されるゼロ時…

『君がいないと小説は書けない』白石一文|自己分析を突き止めた到達点がある

『君がいないと小説は書けない』白石一文 新潮社[新潮文庫] 2022.9.13読了 敬愛する作家の一人、白石一文さんの自伝的小説を読んだ。単行本刊行時から気になっていたが、確かあの時はほぼ同時に刊行された島田雅彦さんの作品(これも自伝的小説)を手に取…

『だれも死なない日』ジョゼ・サラマーゴ|死がなくなることの恐ろしさと混乱

『だれも死なない日』ジョゼ・サラマーゴ 雨沢泰/訳 河出書房新社 2022.9.10読了 死はどうして恐ろしいのか。『火の鳥』(手塚治虫著)で永遠の命を欲しいと願っていた人たちは、何故死を恐れ、何のために永遠に生き続けたい(死にたくない)と思っていたの…

『むらさきのスカートの女』今村夏子|他人に執着する

『むらさきのスカートの女』今村夏子 朝日新聞出版[朝日文庫] 2022.9.7読了 今村夏子さんが第161回芥川賞を受賞した作品である。単行本の時から表紙のイラストは同じだが、これなら「水玉のスカートの女」じゃないのかなぁと思っていた。 知り合いでもなん…

『月の三相』石沢麻依|面の裏側にあるもの|装幀が素晴らしい

『月の三相』石沢麻依 講談社 2022.9.6読了 芥川賞受賞作『貝に続く場所にて』がとても良かったので、受賞後第一作目となる『月の三相』を読んだ。 旧東ドイツの南マインケロートという街がこの作品の舞台となっている。「面」に惹かれた女性たち、望(のぞ…

『スクイズ・プレー』ポール・ベンジャミン|もっとオースターさんの探偵ものが読みたくなる

『スクイズ・プレー』ポール・ベンジャミン 田口俊樹/訳 ★ 新潮社[新潮文庫] 2022.9.4読了 なんと、ポール・オースターさんが別名義で小説を書いていたなんて!Twitterでフォローしている方のツイート見て初めて知ったのだ。しかもこの作品はデビュー作に…

『ルコネサンス』有吉玉青|透明感と美しさが共存する父娘の物語

『ルコネサンス』有吉玉青 集英社 2022.9.3読了 著者の有吉玉青さんは有吉佐和子さんの娘である。お母さんの佐和子さんの作品は結構好きで何冊か読んでいるが、娘さんも小説を書いていたのは知らなかった。玉青と書いて「たまお」と読むこの名前がとても素敵…

『優等生は探偵に向かない』ホリー・ジャクソン|「ハイ!みんな!」ピップの爽快な挨拶とひたむきな信念

『優等生は探偵に向かない』ホリー・ジャクソン 服部京子/訳 ★ 東京創元社[創元推理文庫] 2022.9.1読了 お待ちかねの『自由研究には向かない殺人』の続編である。今年の初めに『自由研究〜』を読んでめちゃくちゃおもしろくて、次回作を楽しみにしていた…

『下駄の上の卵』井上ひさし|人間の本能のところでたくましい

『下駄の上の卵』井上ひさし 新潮社[新潮文庫] 2022.8.29読了 今年の夏の高校野球の優勝校は宮城県・仙台育英だった。全て観たわけではないが、家にいてテレビをつけていると、やっぱり高校野球っていいよなぁと球児達のプレーや心意気、笑顔と涙に喝采を…

『ロボット・イン・ザ・ガーデン』デボラ・インストール|子供たちに読んで欲しい物語

『ロボット・イン・ザ・ガーデン』デボラ・インストール 松葉葉子/訳 小学館[小学館文庫] 2022.8.27読了 二宮和也さん主演の映画『タング』が現在公開されている。劇団四季のミュージカルも評判が良かったから、この原作は前から気になっていた。文庫の版…

『水平線』滝口悠生|全ては時空を超えてつながっている

『水平線』滝口悠生 ★★ 新潮社 2022.8.25読了 あの人と私は、海の彼方でつながってルルル 帯に書かれたこの文章。ルルル?ルルルって…。ハミングしてるのだろうか。この感じが早くも滝口悠生さんっぽい。霊的な力を持つという巫女さんから、名前がよくないと…

『杏っ子』室生犀星|親子でありながら、友達、恋人、同志のような関係性

『杏っ子(あんずっこ)』室生犀星 新潮社[新潮文庫] 2022.8.21読了 小学校か中学校の国語の教科書で室生犀星さんの詩が出てきたのを覚えている。「ふるさとは遠きにありて思ふもの」という書き出しだけで、詩自体の内容は全く覚えていないけど…。詩人、小…

『無垢の博物館』オルハン・パムク|頬擦りしたくなるほど美しい作品を読んでしまった

『無垢の博物館』上下 オルハン・パムク 宮下遼/訳 ★★★ 早川書房[ハヤカワepi文庫] 2022.8.18読了 先日書店に行ったらハヤカワepi文庫で刊行されていて迷わず購入した。とても美しく、身体が痺れてしまうほど素晴らしい作品だった。どうしてこんな小説が…

『陽気なお葬式』リュドミラ・ウリツカヤ|周りの全てを好きになること

『陽気なお葬式』リュドミラ・ウリツカヤ 名倉有里/訳 新潮社[新潮クレスト・ブックス] 2022.8.13読了 タイトルがいい。お葬式が「陽気」だなんて。もちろん大切な人が亡くなることは辛く悲しいことだから悼むことは必要である。だけど、お葬式が「悲しい…

『遠い声 遠い部屋』トルーマン・カポーティ|豊潤な言葉遣いと比喩表現が美しい

『遠い声 遠い部屋』トルーマン・カポーティ 河野一郎/訳 新潮社[新潮文庫] 2022.8.11読了 アメリカ文学が無性に読みたくなり、手にしたのがこの本。カポーティさんの自伝的小説のようである。表紙の写真からは雄大な土地と空が立体的に感じられ、雰囲気…

『1R1分34秒』町屋良平|若者の素直な感情が溢れ出す

『1R(ラウンド)1分34秒』町屋良平 新潮社[新潮文庫] 2022.8.9読了 男の人ってどうしてあんなにもボクシングが好きなんだろう。ボクシングというより格闘技全般か。私なんて、リングの上で誰かが血を流すのを見るだけでも目を背けたくなるのに。道具もな…

『もう行かなくては』イーユン・リー|人生を振り返るとき誰を想う

『もう行かなくては』イーユン・リー 篠森ゆりこ/訳 河出書房新社 2022.8.8読了 高齢者施設に住む81歳のリリアが、かつて恋人だったローランドの著作を読みながら過去を回想していくストーリーである。時間軸と構成がけっこうややこしくて難解に思えるけど…

『本にだって雄と雌があります』小田雅久仁|大阪弁による軽妙な語りと蘊蓄を楽しむ

『本にだって雄と雌があります』小田雅久仁 新潮社[新潮文庫] 2022.8.6読了 受賞は逃したけれど本屋大賞にノミネートされた『残月記』は、あまり体験したことのない読後感であり、今でも印象深く心に残っている。この小説は、小田雅久仁さんが2012年に刊行…

『神学校の死』P・D・ジェイムズ|英国神学校と聞くだけで胸高鳴る

『神学校の死』P・D・ジェイムズ 青木久惠/訳 早川書房[ハヤカワポケットミステリー] 2022.8.2読了 聖アンセルムズ神学校の住み込み看護婦の手記ではじまる導入部、これがとても引き込まれる。神学校と聞いただけでウンベルト・エーコ著『薔薇の名前』が…

『おいしいごはんが食べられますように』高瀬隼子|他人が何を考えているかはわからない

『おいしいごはんが食べられますように』高瀬隼子 講談社 2022.7.30読了 とても評判が良かったから芥川賞候補に挙がる前から購入していたのに、ついつい読むのが遅くなってしまった。先日第167回芥川賞を受賞された作品。発表前に読みたかったけれど、まぁ特…

『チーム・オベリベリ』乃南アサ|偉大な人物は大成するのが遅い

『チーム・オベリベリ』上下 乃南アサ 講談社[講談社文庫] 2022.7.28読了 タイトルにある「オベリベリ」とは、北海道・帯広のことである。元々アイヌの土地だったため、アイヌ語でオベリベリ、漢字に「帯広」が当てられているのだ。帯にリアル・フィクショ…

『私の名前はルーシー・バートン』エリザベス・ストラウト|言葉にしなくてもわかりあえること、ただ感じるだけで充分なこと

『私の名前はルーシー・バートン』エリザベス・ストラウト 小川高義/訳 早川書房[ハヤカワepi文庫] 2022.7.24読了 2年半くらい前に、1週間弱の入院をしたことがある。手術も入院も初めてのことだったから、不安と心配との連続だったけれど、終わってみれ…

『道』白石一文|あの時、ああしていれば

『道』白石一文 小学館 2022.7.23読了 白石一文さんの小説は、年々柔らかくなってきているような気がする。昔の作品は切れ味鋭く、読むたびに感情を揺さぶられた記憶があるのだが、今はゆったりとした心持ちで読める。それはそれで悪くないと思うのは自分も…

『ゴルフ場殺人事件』アガサ・クリスティー|ポアロとジロー、ポアロとヘイスティングス

『ゴルフ場殺人事件』アガサ・クリスティー 田村義進/訳 早川書房[クリスティー文庫] 2022.7.17読了 エルキュール・ポアロシリーズ1作目『スタイルズ荘の怪事件』に続く2作目である。ポアロの友人ヘイスティングスが語る構成は、初回と同じである。それに…

『喜べ、幸いなる魂よ』佐藤亜紀|独特の世界観で魅了する

『喜べ、幸いなる魂よ』佐藤亜紀 KADOKAWA 2022.7.12読了 初めて訪れたヨーロッパの国がベルギーだったこともあり、首都ブリュッセルの古き美しき建物の荘厳さがありありと目に浮かぶ。今でもあの感動は忘れない。この小説の舞台は、現ベルギーがある位置の…

『正体』染井為人|人は何をもって真実と図るのだろう

『正体』染井為人 ★ 光文社[光文社文庫] 2022.7.10読了 は〜、おもしろかった。最初は、よくある脱獄犯の逃亡小説なんだろうなとあまり期待していなかったのだけど、途中から目が離せなくなりぐいぐい持っていかれた。単純にストーリーを楽しみたい、おも…

『八甲田山死の彷徨』新田次郎|成功と失敗、組織のリーダーとは|天はわれ達を見放した

『八甲田山死の彷徨(ほうこう)』新田次郎 ★★ 新潮社[新潮文庫] 2022.7.6読了 これは明治35年に青森で実際に起きた八甲田山の遭難事故を元にして作られた小説である。記録文学に近い。そもそも何の目的でこのような行軍があったのかというと、ロシアとの…

『うつくしが丘の不幸の家』町田そのこ|対称でありながら非対称

『うつくしが丘の不幸の家』町田そのこ 東京創元社[創元文芸文庫] 2022.7.4読了 町田そのこさんは『52ヘルツのクジラたち』で昨年本屋大賞を受賞された。感涙小説と絶賛されているから読もう読もうと思いながらも、なんとなく機会を逸してしまっている。 …