書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

◇小説

『大鞠家殺人事件』芦辺拓|滑稽に語られる大阪船場の物語

『大鞠家殺人事件』芦辺拓 東京創元社 2022.5.21読了 既に多くの作品を出しているようなのに初めて名前を知った作家さんだ。この作品で日本推理作家協会賞を受賞されたと知り、思わず衝動買いしてしまった。わかりやすくベタなタイトルに意外とオーソドック…

『かか』宇佐見りん|この感性とこの文体が訴えかけてくる

『かか』宇佐見りん 河出書房新社[河出文庫] 2022.5.19読了 冒頭からはっとする。この感性はどうしたものだろう。この文体はどこから湧き出るのだろう。女性にしかわからないであろう、金魚と見紛うその正体は大人の女性になったと実感するものである。 読…

『水の墓碑銘』パトリシア・ハイスミス|忍耐と狂気の人間ヴィクの心理をさぐる

『水の墓碑銘』パトリシア・ハイスミス 柿沼瑛子/訳 河出書房新社[河出文庫] 2022.5.18読了 河出文庫からハイスミスさんの小説の改訳版が出た。久しぶりにあのゾクゾク感を味わいたくなった。彼女の小説は2作しか読んでいないが、どちらもおもしろく引き…

『ブラックボックス』砂川文次|レールにしがみつきながら

『ブラックボックス』砂川文次 講談社 2022.5.16読了 砂川文次さんといえば、前から『小隊』という作品が気になっていたが、まずはこの第166回芥川賞受賞作から読むことにした。芥川賞授賞式での怒りのコメントが印象に残る。まぁ、田中慎弥さんの会見ほどの…

『同潤会代官山アパートメント』三上延|くやしさを糧にして生きていく

『同潤会代官山アパートメント』三上延 新潮社[新潮文庫] 2022.5.11読了 同潤会アパートという単語は何度か目にしたことがある。関東大震災後に作られた耐火・耐震構造の鉄筋コンクリート造のマンションで、当時最先端の集合住宅であった。表参道ヒルズが…

『メキシカン・ゴシック』シルヴィア・モレノ=ガルシア|館で起こる怪奇世界にようこそ

『メキシカン・ゴシック』シルヴィア・モレノ=ガルシア 青木純子/訳 ★ 早川書房 2022.5.9読了 ゴシック小説の定義はよくわからないけど、とにかく最初から最後までとてもおもしろく読めた。ストーリー性と重厚さを併せ持つ作品には最近巡り合っていなかった…

『人間』又吉直樹|色々な人間がいていい

『人間』又吉直樹 KADOKAWA [角川文庫] 2022.5.7読了 又吉直樹さんの作品は、芥川賞受賞作『火花』だけしか読んでいなかった。当時世間をものすごく賑わせて「芸人が書いたものか〜」「芥川賞も結局話題性を重視して選んだのか」と私も少し勘ぐっていた1人…

『秘密機関』アガサ・クリスティー|何者をも恐れず突き進む精神

『秘密機関』アガサ・クリスティー 嵯峨静江/訳 早川書房[ハヤカワクリスティー文庫] 2022.5.5読了 ポアロでもミス・マープルでもないクリスティーさんのもう一つのシリーズものが「トミー&タペンス」で、その1作目がこの『秘密機関』である。私もここま…

『メソポタミヤの殺人』アガサ・クリスティー|ポアロのやり方には隙がない

『メソポタミヤの殺人』アガサ・クリスティー 田村義進/訳 早川書房[ハヤカワクリスティー文庫] 2022.4.29読了 メソポタミ「ヤ」ではなくメソポタミ「ア」ではないのかな?メソポタミア文明と習ったし通常メソポタミアと発音している気がする。どうでもい…

『黒牢城』米澤穂信|大河ミステリー、ここにあり

『黒牢城』米澤穂信 KADOKAWA 2022.4.25読了 第166回直木賞受賞、他にも4大ミステリランキングを制覇した大作である。米澤穂信さんの作品は数冊読んだことがあるが、そもそも現代モノ専門の作家だと思っていたから、歴史モノを書いたということに驚いていた…

『時のかなたの恋人』ジュード・デヴロー|夢見る乙女のためのタイムトラベル・ロマンス

『時のかなたの恋人』ジュード・デヴロー 久賀美緒/訳 二見書房[二見文庫] 2022.4.23読了 タイムトラベルで恋愛ものって、もうそれだけで甘ったるいんだろうな、昼ドラみたいなのかなと予想していたけれど、読んでみると意外とドロドロした感じはなくサラ…

『世界地図の下書き』朝井リョウ|身体と心、一番成長する時期にどう生きるか

『世界地図の下書き』朝井リョウ 集英社[集英社文庫] 2022.4.21読了 久しぶりに朝井リョウさんの小説を読んだ。もしかすると直木賞受賞作『何者』以来かもしれない。私の中で朝井さんは、小説界の「時代の寵児」というイメージだ。 両親を事故で亡くし、児…

『絶望キャラメル』島田雅彦|町おこしのために立ち上がれ

『絶望キャラメル』島田雅彦 河出書房新社[河出文庫] 2022.4.18読了 軽快な文体の青春コメディといったところだろうか。高校野球の場面が多かったから青春スポーツ小説の印象も強い。島田さんらしく政治要素もふんだんに盛り込まれている。登場するキャラ…

『ひとりの双子』ブリット・ベネット|生まれた自分で懸命に生きること|素晴らしい作品

『ひとりの双子』ブリット・ベネット 友廣純/訳 ★★★ 早川書房 2022.4.17読了 読み始めてすぐに、これは自分の好きなタイプの作品だと感じた。まずストーリーが抜群におもしろい。そして何より登場人物たちの息づかいが真に迫り感情に訴えかけてくる。どのキ…

『破船』吉村昭|本屋大賞「発掘部門」隠れた名作

『破船』吉村昭 ★ 新潮社[新潮文庫] 2022.4.13読了 本屋大賞に「発掘部門」なんていつからあったのだろう?国内小説部門と翻訳海外小説部門しか知らなかった。大賞となった国内小説『同志少女よ、敵を撃て』と海外小説『三十の反撃』はたまたま読み終えて…

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』アンディ・ウィアー|ユーモアたっぷり、爽快な宇宙SF

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』上下 アンディ・ウィアー 小野田和子/訳 早川書房 2022.4.11読了 昨年末に刊行されてから話題になり、めちゃくちゃ売れているようで気になっていた。正直、SF作品は得意ではない。それでも単行本上下巻なのに翻訳ものに…

『ミーツ・ザ・ワールド』金原ひとみ|死にたみ、わかりみ、生きたみ

『ミーツ・ザ・ワールド』金原ひとみ 集英社 2022.4.9読了 腐女子という言葉はもはや当たり前のように世の中にあり、俗にBLジャンル(男性同士の恋愛)にハマっている女子のことを言う。確かにBL作品は漫画にも小説にも結構増えていて、最近はドラマにもなっ…

『暁の死線』ウイリアム・アイリッシュ|若い2人の推理と行動のプロセスを楽しむ

『暁の死線』ウイリアム・アイリッシュ 稲葉明雄/訳 東京創元社[創元推理文庫] 2022.4.7読了 先日読んだアイリッシュ著『幻の女』に心を奪われたので、2作目にこの作品を読んでみた。同じくタイムリミットサスペンスと呼ばれており、アイリッシュ氏の代表…

『少年』川端康成|未完の原稿のような作品

『少年』川端康成 新潮社[新潮文庫] 2022.4.5読了 五十歳になった「わたし・宮本(川端康成さん本人だろう)」が、全集を出すために昔書いた作品を読み直す作業をする。『湯ケ島での思い出』という未完の原稿をゆっくりと読み進めながら、過去に想いを寄せ…

『高慢と偏見、そして殺人』P・ D・ジェイムズ|原作の世界観を損なわずに書くこと

『高慢と偏見、そして殺人』P・ D・ジェイムズ 羽田 羽田詩津子/訳 早川書房[ハヤカワポケットミステリー] 2022.4.2読了 偉大な小説の続きを別の作家が書くことは、大いなるプレッシャーがあるだろう。マーガレット・ミッチェル著『風と共に去りぬ』の続…

『なずな』堀江敏幸|赤ちゃんは周りの人との関わり方を変える

『なずな』堀江敏幸 集英社[集英社文庫] 2022.3.30読了 この本のタイトルである『なずな』は、生後2ヶ月ちょっとの赤ちゃんの名前である。道端に生えているぺんぺん草の「なずな」、春の七草の一つ。ジンゴロ先生は、どうして子供にそんな名前をつけたのか…

『異常』エルヴェ・ル・テリエ|この異常事態、どうする?

『異常(アノマリー)』エルヴェ・ル・テリエ 加藤かおり/訳 早川書房 2022.3.28読了 この小説は、フランス本国で100万部超え、2020年にゴングール賞を受賞されている。ゴングール賞とはよく聞くけれど、フランスの最高峰の文学賞らしい。2016年には、先日…

『高慢と偏見』ジェイン・オースティン|自負心と虚栄心は別物

『高慢と偏見』ジェイン・オースティン 大島一彦/訳 中央公論新社[中公文庫] 2022.3.26読了 イギリスの古典小説、それもとびきりおもしろい恋愛小説のひとつが『高慢と偏見』である。サマセット・モーム氏も世界の十大小説の一つに選んでいる。男性がこの…

『最果てアーケード』小川洋子|余韻を楽しめ、優しい気持ちになれる

『最果てアーケード』小川洋子 講談社[講談社文庫] 2022.3.22読了 ほんの数ページ読んだだけで、小川洋子さんの書く可憐で美しい、そして儚げな文体に落ち着きを感じる。心にストンと落ちていく。ゆっくりと、一つ一つの文章を噛み締めながら読んでいく。 …

『Blue』葉真中顕|知りたい欲求そのままに展開される

『Blue』葉真中顕 光文社[光文社文庫] 2022.3.21読了 葉真中顕さんの作品は、昨年刊行された『灼熱』という小説がとても評判が良いので読みたいと思っていた。単行本を購入しようか思いあぐねていたら、ちょうど先月この作品が文庫新刊として書店に並んで…

『白の闇』ジョゼ・サラマーゴ|人間は一体何を見ているのか

『白の闇』ジョゼ・サラマーゴ 雨沢泰/訳 河出書房新社[河出文庫] 2022.3.19読了 突然目が見えなくなってしまったら。今まで見えていた世界が白い闇に変わってしまったらどうなるのだろう。本を読むことを何よりも楽しみに生きている私にとってこれほどキ…

『ミシンと金魚』永井みみ|圧巻の語りに打ちのめされる

『ミシンと金魚』永井みみ 集英社 2022.3.16読了 花はきれいで、今日は、死ぬ日だ。(129頁) 本に包まれた帯にも書かれているこの文章が突き刺さる。容易な言葉でたった3センテンスの短い文章なのに、妙に気になる。そして不思議と美しい。人間、死ぬ当日と…

『死の味』P・D・ジェイムズ|ダルグリッシュの過去に一体何が?

『死の味』上下 P・D・ジェイムズ 青木久惠/訳 早川書房[ハヤカワ・ミステリ文庫] 2022.3.15読了 コーデリアシリーズがおもしろかったので、ダルグリッシュ警視ものに手を出してみた。犯人や動機、トリックを探るミステリなのに、私にはどう考えても濃密…

『三十の反撃』ソン・ウォンピョン|自分の未来と世界をよくするために

『三十の反撃』ソン・ウォンピョン 矢島暁子/訳 祥伝社 2022.3.7読了 どこにでもいるような普通の若者、非正規雇用で働く30歳のキム・ジヘがこの小説の主人公である。なんならキム・ジヘというありふれた名前も韓国では一番多いそうだ。カルチャーセンター…

『朱より赤く 高岡智照尼の生涯』窪美澄|苦難に満ちた波瀾万丈の人生

『朱(あか)より赤く 高岡智照尼の生涯』窪美澄 小学館 2022.3.6読了 幼い頃叔母に育ててもらったみつ(後の高岡智照)は、12歳の時、産みの父親に騙され舞妓になるよう売られてしまった。舞妓、芸妓を経て、社長夫人になり、さらに女優や文筆業まで行う。…