書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

◇小説

『二人キリ』村山由佳|みんな大好き阿部定の生き方

『二人キリ』村山由佳 ★ 集英社 2024.03.11読了 ここ半年以内に、NHKの松嶋菜々子さんがプレゼンテーター役をしている番組で、阿部定事件のことが放映されているのを見た。昔世間を騒がせた事件だが、不思議と阿部定に同情を寄せたり敬する声も多い。こんな…

『御社のチャラ男』絲山秋子|日本の会社ってこんなだよな

『御社のチャラ男』絲山秋子 講談社[講談社文庫] 2024.03.09読了 大谷翔平選手の話題で持ちきりの毎日である。彼の好みの女性のタイプに「チャラチャラしていない人」というのがあるらしい。マスコミが言ってるだけかもしれないけれど。「チャラい」ってい…

『タスマニア』パオロ・ジョルダーノ|戦争と原爆、今この本を読む意義と運命

『タスマニア』パオロ・ジョルダーノ 飯田亮介/訳 ★ 早川書房 2024.03.07読了 最近どうも広島や長崎、つまり戦争や原爆にまつわる書物をよく目にするし、自分でもおのずと選んでしまっている気がする。それだけ心の奥底で意識しているということだろうか。…

『化学の授業をはじめます。』ボニー・ガルマス|自分が自分になるために

『化学の授業をはじめます。』ボニー・ガルマス 鈴木美朋/訳 ★ 文藝春秋 2024.02.21読了 文章になっていて句点もついているし「なんだかタイトルがださいな〜」と思っていたけれど、全世界で600万部も売れているというこの小説。よくX(旧Twitter)で読む本…

『哀れなるものたち』アラスター・グレイ|生きることは哀れさを競うようなもの

『哀れなるものたち』アラスター・グレイ 高橋和久/訳 早川書房[ハヤカワepi文庫] 2024.02.17読了 映画でエマ・ストーン演じるベラと、圧倒される衣装やセットが話題になっている『哀れなるものたち』の原作を読んだ。旅の道連れとして選んだ本だったのだ…

『東京都同情塔』九段理江|時代の先端を突き進む

『東京都同情塔』九段理江 新潮社 2024.02.11読了 なんて端切れの良いスカッとするラストなんだろう。たいてい芥川賞受賞作を読み終えたときは「ふぅん」「そうかぁ」「上手い文章で良いものを読んだとはわかるけど、イマイチ何を伝えたかったのかわからない…

『みどりいせき』大田ステファニー歓人|小説って自由なんだな

『みどりいせき』大田ステファニー歓人 集英社 2024.02.09読了 タイトルも著者の名前も個性的だからひときわ目立つ。第42回すばる文学賞受賞作であることよりも彼の名前を知らしめたのは、その受賞スピーチであろう。「なんかおもしろそうな人が出てきたよ」…

『変な家』雨穴|間取りを見るのは生活を見ること|今売れている本を読むこと

『変な家』雨穴(うけつ) 飛鳥新社 2024.02.07読了 昨年から、どんな書店に行っても目立つところに積み上げられているから、確かに気にはなっていた。けれど、自分が読みたいジャンルの本じゃないと思っていた。それでも、文庫になったからついつい…。朝こ…

『イギリス人の患者』マイケル・オンダーチェ|読み終えてから押し寄せる余韻

『イギリス人の患者』マイケル・オンダーチェ 土屋政雄/訳 東京創元社[創元文芸文庫] 2024.02.06読了 タイトルだけ見ても気付かないかもしれないが、これはあの有名な映画『イングリッシュ・ペイシェント』の原作である。私は実は映画を観ていない(あん…

『シャーロック・ホームズの凱旋』森見登美彦|ワトソンなくしてホームズなし

『シャーロック・ホームズの凱旋』森見登美彦 中央公論新社 2024.02.03読了 そもそも、ホームズとワトソンが何故京都にいるんだ?そして、ホームズがまさかのスランプだと?寺町通に二条通、四条大宮に嵐山、南禅寺、下鴨神社、、京都の名だたる名所を駆け巡…

『星月夜』李琴峰|漢字は読みたいように読んでもいいかも

『星月夜(ほしつきよる)』李琴峰(り・ことみ) 集英社[集英社文庫] 2024.01.30読了 日本語って本当に難しいと思う。最初に出てくる日本語の文法問題では、私たち日本人なら当たり前にわかることでも、多言語を使っている人からしたら相当難しいだろうな…

『滅ぼす』ミシェル・ウエルベック|政治、死、そして愛について

『滅ぼす』上下 ミシェル・ウエルベック 野崎歓 齋藤可津子 木内暁/訳 ★ 河出書房新社 2024.01.29読了 ウエルベックの小説ってどうしてこんなにカッコいいんだろう。ストーリーも文体も、登場人物の会話も、もう何もかも。鋭く光るセンスは誰にも真似出来な…

『十年後の恋』辻仁成|恋をしよう

『十年後の恋』辻仁成 集英社[集英社文庫] 2024.01.22読了 フランスに住むマリエは、10年ほど前に離婚をし、子育てをしながら仕事をする怒涛の日々を送ってきた。そんな中突然現れた歳上のアンリという男性。もう恋なんてしない(槇原敬之さんの歌を連想し…

『ミステリウム』エリック・マコーマック|この幻想的、怪奇的、魅惑的な雰囲気を味わうべし

『ミステリウム』エリック・マコーマック 増田まもる/訳 東京創元社[創元ライブラリ] 2024.01.21読了 こういう幻想的かつ怪奇的、そして魅惑的な世界観ってどうやったら書けるのだろう。イギリスを筆頭にして幻想文学というジャンルがあるけれど、彼もス…

『パディントン発4時50分』アガサ・クリスティー|隣を走る列車の殺害現場を見てしまったら

『パディントン発4時50分』アガサ・クリスティー 松下祥子/訳 早川書房[クリスティー文庫] 2024.01.19読了 並行して走る電車をぼうっと見てしまうことは誰しもがあるはずだ。私が住む関東では、JR東海道線と京浜東北線はほぼ同じ車窓、隣の線路を走るから…

『チーム・オルタナティブの冒険』宇野常寛|素直な文章で淡々と独白されるがこれがハマる

『チーム・オルタナティブの冒険』宇野常寛(つねひろ) 集英社 2024.01.17読了 知らない作家の知らない小説を読みたいなと思って書店をうろうろ物色していたら気になった本がこれである。目にしたことはあったような気がするが読んだことがない作者。宇野常…

『無暁の鈴』西條奈加|転落した人生のその先にあるものは

『無暁の鈴(むぎょうのりん)』西條奈加 光文社[光文社文庫] 2024.01.10読了 主人公の数奇な運命、転落していく物語は確かに読者を魅了し熱狂させる。人の不幸を嘲笑いたいわけでも、自分のほうがマシだと安心したいわけでもないと思う。この先、彼がどう…

『人形』ボレスワフ・プルス|翻弄されるヴォクルスキ、ワルシャワの社会構造

『人形〈ポーランド文学古典叢書第7巻〉』ボレスワフ・プルフ 関口時正/訳 未知谷 2024.01.08読了 このどっしりとした佇まいよ…。ジャケットの高貴な衣装に身を包んだ女性が座る画も、凛とした厳かな風貌で物語の重厚さを予感させる。写真だけでは伝わらな…

『日本蒙昧前史』磯﨑憲一郎|あの時代に確かにあった、あんなこと、こんなこと

『日本蒙昧(もうまい)前史』磯﨑憲一郎 文藝春秋[文春文庫] 2024.01.02読了 タイトルにある「蒙昧」とは「暗いこと。転じて、知識が不十分で道理にくらいこと。また、そのさま。(goo辞書より)」という意味である。ということはつまりこの作品は、日本…

『誘拐の日』チョン・ヘヨン|日本人では到底考えつかないようなストーリー

『誘拐の日』チョン・ヘヨン 米津篤八/訳 ハーパーコリンズ・ジャパン[ハーパーBOOKS] 2023.12.30読了 韓国俳優のイ・ソンギュンさんが亡くなったというニュースを見て驚いた。どうやら自殺だったようだ。韓流にそんなに詳しくはないけれど、『パラサイト…

『ガリバー旅行記』ジョナサン・スウィフト|旅行記・冒険譚と名のつくもので間違いなく一番おもしろい

『ガリバー旅行記』ジョナサン・スウィフト 柴田元幸/訳 ★★ 朝日新聞出版 2023.12.27読了 小さい頃に『ガリバー旅行記』を読んだ記憶はある。とはいえ、大男が地面に横たわり、その周りを多くの小人たちがぞろぞろ歩いてるような挿絵を覚えているだけと言っ…

『存在のすべてを』塩田武士|引き摺り込まれる抜群のおもしろさ

『存在のすべてを』塩田武士 ★ 朝日新聞出版 2023.12.21読了 この殺風景な表紙が不思議だ。何が表されているのだろう。帯にある久米宏さんの「至高の愛」という言葉も気になる。 神奈川県で起きた二児同時誘拐事件、この導入から早速引き込まれる。身代金受…

『関東大震災』吉村昭|天災には怒りや恨みをぶつける相手がいない

『関東大震災』吉村昭 文藝春秋[文春文庫] 2023.12.17読了 今年は関東大震災から100年が経ったということで、装い新たに(というか文庫カバーの上にぐるりと更なるカバーがかけられている)書店に並べられていた。天災は人間の力で防ぎようがない。それで…

『野生の棕櫚』ウィリアム・フォークナー|交わらないのにお互いを高め合う二つの作品

『野生の棕櫚(やせいのしゅろ)』ウィリアム・フォークナー 加島祥造/訳 中央公論新社[中公文庫] 2023.12.12読了 フォークナーの小説を読むときは心を静謐に保ち、雑音を排除する必要がある。そうしないと頭に入ってこないのだ。タイトルにある漢字の「…

『ウィンダム図書館の奇妙な事件』ジル・ペイトン・ウォルシュ|保健師探偵イモージェンが魅力的

『ウィンダム図書館の奇妙な事件』ジル・ペイトン・ウォルシュ 猪俣美江子/訳 東京創元社[創元推理文庫] 2023.12.06読了 保健室の先生って、優しかったよなぁ。小学校でも中学校でもその記憶はある。私は保健室に入り浸る生徒ではなかったけれど、包容感…

『がん消滅の罠 完全寛解の謎』岩木一麻|結局、がんというのは何ものなの?

『がん消滅の罠 完全寛解の謎』岩木一麻 宝島社[宝島社文庫] 2023.12.04読了 副題の一部になっている「寛解(かんかい)」の意味は、医学用語で「がんの症状が軽減したこと」である。つまり、完全寛解とは、がんが完全に消滅して検査値も正常を示す状態の…

『田舎教師』田山花袋|退屈なのに名作

『田舎教師』田山花袋 新潮社[新潮文庫] 2023.11.28読了 田山花袋といえば『布団』である。布団の匂いを嗅ぐ中年男性の姿がよく取り上げられており、花袋の名前だけは知っている方は多いだろう。実は私も名前を知っていただけで、花袋の作品を読むのは初め…

『夢みる宝石』シオドア・スタージョン|切なく儚い幻想的な世界

『夢みる宝石』シオドア・スタージョン 川野太郎/訳 筑摩書房[ちくま文庫] 2023.11.25読了 この作品はスタージョンの最初の長編小説で1950年に刊行された。もともと早川書房から邦訳されていたが、この度新訳としてちくま文庫から刊行されたものである。…

『スモールワールズ』一穂ミチ|『世にも奇妙な物語』のようなドラマにぴったり

『スモールワールズ』一穂ミチ 講談社[講談社文庫] 2023.11.24読了 一穂ミチさんの作品は直木賞候補や本屋大賞候補にもなったから、気になっていた作家さんの1人だ。単行本と同じジャケットで、初版限定で特製しおりが挿入されていた(写真で本の上にある…

『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』川本直|真実と虚構の間を彷徨い、頭がぐらぐら。それが楽しい。

『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』川本直 河出書房新社[河出文庫] 2023.11.23読了 いやはや、文庫になるの早すぎでしょ。単行本が出てから2年あまりで文庫化されている。読売文学賞を受賞しているからか。ともあれ単行本を買うかかなり悩んでいた私に…