書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

国内(た行の作家)

『さびしさについて』植本一子 滝口悠生|いろんな感情を大切にしたい|滝口さんの思想がたまらんく好き、んで、植本さんのことも好きになった

『さびしさについて』植本一子 滝口悠生 ★ 筑摩書房[ちくま文庫] 2024.02.23読了 読んでいるあいだ、ずっと胸がいっぱいで、喜びと苦しさとが一緒くたになったような気持ちになった。儚いけれど心地の良い往復書簡だ。 滝口悠生さんの本だ!と嬉しくなって…

『新版 思考の整理学』外山滋比古|寝かせる、忘れる、考える

『新版 思考の整理学』外山滋比古 筑摩書房[ちくま文庫] 2024.02.18読了 東大生、京大生に一番読まれた、とかなんとかの帯を外して、安野光雅さんの素敵なイラストのジャケット姿をパシャリ。ちくま文庫で長らくベストセラーとなっていた『思考の整理学』…

『十年後の恋』辻仁成|恋をしよう

『十年後の恋』辻仁成 集英社[集英社文庫] 2024.01.22読了 フランスに住むマリエは、10年ほど前に離婚をし、子育てをしながら仕事をする怒涛の日々を送ってきた。そんな中突然現れた歳上のアンリという男性。もう恋なんてしない(槇原敬之さんの歌を連想し…

『田舎教師』田山花袋|退屈なのに名作

『田舎教師』田山花袋 新潮社[新潮文庫] 2023.11.28読了 田山花袋といえば『布団』である。布団の匂いを嗅ぐ中年男性の姿がよく取り上げられており、花袋の名前だけは知っている方は多いだろう。実は私も名前を知っていただけで、花袋の作品を読むのは初め…

『サキの忘れ物』津村記久子|本は「おもしろい」とか「つまらない」だけではない

『サキの忘れ物』津村記久子 新潮社[新潮文庫] 2023.11.7読了 サキという人が忘れた物のことではない。O・ヘンリーと並んで短編の名手とも言われている「サキ」という海外小説家の本が喫茶店に忘れられていた。私はサキの作品はまだ読んだことがない。 小…

『琥珀の夏』辻村深月|大人の理想と子どもの期待

『琥珀の夏』辻村深月 文藝春秋[文春文庫] 2023.9.24読了 子どもの頃は自分の周りだけが世界の全てだ。小学生のほとんどは、家族と学校だけでそれ以外の世界は知らない。その小さな世界で自分がどう思われているか、一人ぼっちになったら、嫌われたら、親…

『猫と庄造と二人のおんな』谷崎潤一郎|猫に翻弄される人間たち

『猫と庄造と二人のおんな』谷崎潤一郎 新潮社[新潮文庫] 2023.8.13読了 昭和8年に『春琴抄』を書いた谷崎潤一郎さんは翌年にこの短編を刊行した。文庫本で150頁にも満たないこの小説はさらりと読み終えられるので、谷崎文学をこれから読もうとしている人…

『水車小屋のネネ』津村記久子|身の回りの人に寄り添うこと、親切にすること

『水車小屋のネネ』津村記久子 毎日新聞出版 2023.5.14読了 ネネというのは、ヨウムの名前。ヨウム?オウムじゃなくて?とほとんどの人が思うだろうが、「ヨ」ウムらしい。オウムの種類のひとつで尾羽が赤い灰色の鳥である。水車小屋では、川の流れる力を水…

『カソウスキの行方』津村記久子|相手の良いところを見つけよう

『カソウスキの行方』津村記久子 講談社[講談社文庫] 2023.4.3読了 津村記久子さんお得意のお仕事小説かなと思っていたら、確かに職場の話ではあるけれど、アラサー女性の今後の生き方みたいなものが等身大の目線で書かれたものだ。雰囲気としては、芥川賞…

『少将滋幹の母 他三篇』谷崎潤一郎|母への想い、妻への妄執

『少将滋幹(しげもと)の母 他三篇』谷崎潤一郎 中央公論新社[中公文庫] 2023.3.11読了 谷崎潤一郎さんの代表作のひとつである『少将滋幹の母』と他3つの短編が収められた豪華な文庫本である。小倉遊亀さんという画家による原画からとりなおした挿絵がた…

『ラーメンカレー』滝口悠生|窓目くんの素敵な話と鈍感力

『ラーメンカレー』滝口悠生 ★ 文藝春秋 2023.3.7読了 たいていの人と同じように、私もラーメンとカレーは大好きだ。けれどこの2つが一緒になったらどうなんだろう。ラーメンが先に来てるから、ラーメン風のカレーということか?タイトルも気になるし、広い…

「西村賢太さん一周忌追悼」田中慎弥さんトークショーに行ってきた

街区の再開発のため、東京駅八重洲口にある「八重洲ブックセンター」が今月末で営業を終了する。都内では神保町の三省堂書店、渋谷の丸善&ジュンク堂をはじめ、大型書店がまたしてもなくなることに、悲しみを隠しきれない。 西村賢太さんが亡くなられて一周…

『傲慢と善良』辻村深月|生きるためには色々なバランスが大切なんだ

『傲慢と善良』辻村深月 朝日新聞出版[朝日文庫] 2023.2.28読了 結婚披露宴の予定も決まり、もうすぐ夫婦となるはずだった架(かける)と真実(まみ)。しかし、突然真実が失踪してしまう。少し前から、真実からストーカーの存在を打ち明けられていた架は…

『鉄道小説』乗代雄介・温又柔・澤村伊智・滝口悠生・能町みね子|豪華すぎる共演を堪能

『鉄道小説』乗代雄介・温又柔・澤村伊智・滝口悠生・能町みね子 ★ 交通新聞社 2023.2.16読了 豪華すぎるこの共演!仮に知っている作家が滝口悠生さんだけだったとしても買うだろうけど、乗代雄介さん、温又柔さんもいるなんて。この本の出版元はなんと交通…

『しろがねの葉』千早茜|何を光として生きていくのか|銀世界を肌で感じ取る

『しろがねの葉』千早茜 ★★ 新潮社 2023.2.4読了 千早茜さんの小説は過去に1冊だけ読んだことがある。女性ならではの細やかな表現が際立ち、何よりもとても読みやすかった。しかし他の作品をなかなか手にする機会がなく。今回読んだのは、ずばり直木賞受賞作…

『完全犯罪の恋』田中慎弥|文学を通した共犯関係

『完全犯罪の恋』田中慎弥 講談社[講談社文庫] 2022.12.17読了 私は田中慎弥さんの書くものが好きだが、同時に彼自身にもとても興味をそそられる。私生活はどんな風だろう、どんな人を恋愛対象にするんだろう。彼の思考と文章があれば好みの女性を一発で落…

『銀花の蔵』遠田潤子|醬油蔵を継ぐこと、家族をたぐりよせること

『銀花の蔵』遠田潤子 新潮社[新潮文庫] 2022.12.4読了 海外小説が大好きなのに、時々疲れてしまうことがある。おそらく翻訳された文章に気疲れするのだろう。現代は優れた邦訳がとても多く、そのおかげで私たちは素晴らしい世界文学に触れることができる…

『デッドライン』千葉雅也|本気にならず何かを結論づけることもなく

『デッドライン』千葉雅也 新潮社[新潮文庫] 2022.11.21読了 千葉雅也さんは立命館大学の教授をされており『現代思想入門』の著者で知られる哲学者である。哲学者が書いた小説、しかも芥川賞候補にもなっていたので、かねてから気になっていた作家である。…

『水平線』滝口悠生|全ては時空を超えてつながっている

『水平線』滝口悠生 ★★ 新潮社 2022.8.25読了 あの人と私は、海の彼方でつながってルルル 帯に書かれたこの文章。ルルル?ルルルって…。ハミングしてるのだろうか。この感じが早くも滝口悠生さんっぽい。霊的な力を持つという巫女さんから、名前がよくないと…

『おいしいごはんが食べられますように』高瀬隼子|他人が何を考えているかはわからない

『おいしいごはんが食べられますように』高瀬隼子 講談社 2022.7.30読了 とても評判が良かったから芥川賞候補に挙がる前から購入していたのに、ついつい読むのが遅くなってしまった。先日第167回芥川賞を受賞された作品。発表前に読みたかったけれど、まぁ特…

『現代生活独習ノート』津村記久子|単独で学習する現代人

『現代生活独習ノート』津村記久子 講談社 2022.6.16読了 去年の11月に刊行された津村記久子さんの短編集を読んだ。過去に文芸誌に掲載された8つの作品が収められている。タイトルに「生活独習」とあるように、なんらかの物事を独りで学習するようなストーリ…

『高架線』滝口悠生|おもしろい賃貸物件と語りの美学を堪能

『高架線』滝口悠生 ★ 講談社[講談社文庫] 2022.6.7読了 次の入居者を自分で見つけることが賃貸に住む条件というのはなかなかおもろい。不動産屋を通さずに済むから、貸主も借主も余計な手数料がかからず、その分家賃が破格なのだ。まぁ、契約書やら重要事…

『ディス・イズ・ザ・デイ』津村記久子|スポーツ観戦することで自己をみつめる

『ディス・イズ・ザ・デイ』津村記久子 朝日新聞出版[朝日文庫] 2022.2.18読了 私はサッカーよりも野球のほうが好きだ。普段Jリーグも海外リーグも高校サッカーの試合も観ない。ワールドカップだけは、テレビに張り付いて観るという「にわか」だ。ラグビ…

『まほり』高田大介|伝承から研究し解決へ

『まほり』上下 高田大介 角川文庫 2022.1.30読了 初めて読む作家の本である。名前も知らなかったのだが、どなたかがこの本をTwitterにあげていて気になり購入。どうやら民俗学をテーマにした作品のようだ。著者の高田大介さんは、小説を書く傍ら、対象言語…

『まともな家の子供はいない』津村記久子|「まとも」「ふつう」って何?いいことなの?

『まともな家の子供はいない』津村記久子 ちくま文庫 2022.1.14読了 去年の後半は津村記久子さんの作品を結構読んだが、今年はこの本から。表題作ともうひとつ『サバイブ』という短編が収められている。 『まともな家の子供はいない』 津村さんの作品にして…

『改良』遠野遥|何のために美しさを求めるのか

『改良』遠野遥 河出文庫 2022.1.13読了 遠野遥さんが『破局』で第163回芥川賞を受賞されたとき、何より驚いたのは、遠野さんがロックバンドBUCK-TICKのボーカル櫻井敦司さんの息子であるということだった。すらりとした体躯に端正な顔立ちだなとは思ってい…

『ポトスライムの舟』津村記久子|会社で働くということ

『ポトスライムの舟』津村記久子 講談社文庫 2021.12.19読了 表題作と『十二月の窓辺』という2作の中編小説が収められている。『ポトスライムの舟』は、2009年に第140回芥川賞を受賞。先日、今度の芥川賞と直木賞の候補作が発表されていたが、年に2回もある…

『アレグリアとは仕事はできない』津村記久子|機械との付き合い方

『アレグリアとは仕事はできない』津村記久子 ちくま文庫 2021.11.1読了 てっきり同僚の女子社員のことだと思っていたら、このアレグリアって複合機だったのか…。地質調査会社で働く事務員のミノベは、高機能と謳われた複合機と格闘する。1分間機能を果たし…

『作家は時代の神経である コロナ禍のクロニクル2020→2021』髙村薫|コロナ禍でみえたもの

『作家は時代の神経である コロナ禍のクロニクル2020→2021』髙村薫 毎日新聞出版 2021.10.23読了 新型コロナウィルスの新規感染者が急激に減り、このまま第6波も来ないで完全に収束して欲しい。国民の誰もがそう期待し、私たちの生活は実際にコロナ禍以前の…

『長い一日』滝口悠生|断片的な知識やエピソードが息づいている

『長い一日』滝口悠生 ★ 講談社 2021.10.12読了 これは私小説になるのだろうか。日記のようなエッセイのような。語り手が個人事業主、青山七恵さんや柴崎友香さんが登場、極め付けは滝口さんと呼ばれている箇所を読んだこと。いや、これはもう滝口悠生さん本…