書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

国内(た行の作家)

『踏切の幽霊』高野和明|数十年前と現代では心霊写真の捉え方が変わった

『踏切の幽霊』高野和明 文藝春秋[文春文庫] 2025.11.23読了 小田急線の鉄道運転士による奇妙な体験が書かれたエピローグは、迫真に迫っていて一気に引き込まれる。妻を2年前に亡くした50代の松田は、女性誌の契約記者である。編集長から心霊ネタの取材を…

『研修生 プラクティカンティン』多和田葉子|日々を丁寧に生き、多くの人と触れ合う|1,000記事達成

『研修生 プラクティカンティン』多和田葉子 中央公論新社 2025.11.03読了 ドイツ語で研修生のことを「プラクティカンティン」というらしい。なんか響きがいいなぁ。この小説の主人公「わたし」には固有名前は出てこなくて、文字通りこの「わたし」は書き手…

『ウエストウイング』津村記久子|子ども時代が苦手で生きにくい人もいる

『ウエストウイング』津村記久子 朝日新聞出版[朝日文庫] 2025.08.30読了 津村記久子さんの本を読むのは今年2冊目。この文庫本は2017年8月に刊行されているが、単行本は2012年11月と今から13年ほど前に書かれたものである。まだ初々しいという感じがするよ…

『たのしい保育園』滝口悠生|滝口さんの小説は迂遠でそれが心地良い

『たのしい保育園』滝口悠生 ★ 河出書房新社 2025.05.18読了 またしても滝口悠生さんの書くものの虜になった。久しぶりの新刊で、もちろん読むのを楽しみにしていたけど、やはり最高の読み心地で幸せ。心がぎゅうっとなる優しい物語だ。 ももちゃんが0歳児か…

『墳墓記』髙村薫|日本の古典を現代文学に織り交ぜる

『墳墓記』髙村薫 新潮社 2025.05.03読了 珍しい色の装幀である。薄い朱色を背景に銀色のタイトルと著者名が大きく光るように見える。こういう装幀を目にすると、作者の名前だけでもう存在感があり、名前だけで売れるという出版社の意気込みが感じられる。 …

『うそコンシェルジュ』津村記久子|精神安定剤であり、柔軟剤でもある

『うそコンシェルジュ』津村記久子 新潮社 2025.01.29読了 表題作を含めた11偏が収められた短編集である。津村さんの小説を読むのは久しぶりだった。やはり落ち着くなぁ。ここに出てくる人たちは、日常の些細な物事に悪態をついているのだけど、ちゃんと自分…

『死神』田中慎弥|自分の分身である存在か

『死神』田中慎弥 朝日新聞出版 2024.12.14読了 初めて見た時、まるで中村文則さんの小説タイトルみたいだなと思った。内容も近しいものがある。でも読み進めるうちに間違いなく田中慎弥さんが息づいていた。今までの作品に比べるとかなりポップだ。死神とい…

『敵』筒井康隆|日常の飽くなきまでの細かい観察と妄想

『敵』筒井康隆 新潮社[新潮文庫] 2024.11.07読了 75歳の独居老人渡辺儀助のとりとめもない独白が続く。住んでいる家がどうとか、預貯金やら、老臭やら、身の周りのものなど自身の想いがつらつらと、滑稽な語りで綴られる。長編小説というくくりになってい…

『ポースケ』津村記久子|普通の人たちのただの日常

『ポースケ』津村記久子 中央公論新社[中公文庫] 2024.08.01読了 これ、芥川賞を受賞した『ポトスライムの舟』の続編なのに存在を全く全然知らなった。なんか目立たないよね?書店で何の気なしにふらふらしていたら、津村記久子さんのフェアみたいなものを…

『男ともだち』千早茜|相手を思いやる純度の高さ

『男ともだち』千早茜 文藝春秋[文春文庫] 2024.05.14読了 要は「男女間にともだちはアリ得るのか」というのがこの作品に一本通るテーマである。ともだち、というか親友かな。2人のこの関係性を表現するぴったりの言葉がないかもしれない。敢えて言うなら…

『冬の旅』立原正秋|強い精神があれば、周りから何を思われようが、どんな境遇にいようが成長できる

『冬の旅』立原正秋 新潮社[新潮文庫] 2024.03.23読了 罪を犯し少年院に入った宇野行助(ぎょうすけ)が、青春の日々約2年間を少年犯たちとの閉塞された集団生活に捧げることで、自己の内面を見つめ、罪とは何か、生きるとは何かを問いた作品である。良作…

『さびしさについて』植本一子 滝口悠生|いろんな感情を大切にしたい|滝口さんの思想がたまらんく好き、んで、植本さんのことも好きになった

『さびしさについて』植本一子 滝口悠生 ★ 筑摩書房[ちくま文庫] 2024.02.23読了 読んでいるあいだ、ずっと胸がいっぱいで、喜びと苦しさとが一緒くたになったような気持ちになった。儚いけれど心地の良い往復書簡だ。 滝口悠生さんの本だ!と嬉しくなって…

『新版 思考の整理学』外山滋比古|寝かせる、忘れる、考える

『新版 思考の整理学』外山滋比古 筑摩書房[ちくま文庫] 2024.02.18読了 東大生、京大生に一番読まれた、とかなんとかの帯を外して、安野光雅さんの素敵なイラストのジャケット姿をパシャリ。ちくま文庫で長らくベストセラーとなっていた『思考の整理学』…

『十年後の恋』辻仁成|恋をしよう

『十年後の恋』辻仁成 集英社[集英社文庫] 2024.01.22読了 フランスに住むマリエは、10年ほど前に離婚をし、子育てをしながら仕事をする怒涛の日々を送ってきた。そんな中突然現れた歳上のアンリという男性。もう恋なんてしない(槇原敬之さんの歌を連想し…

『田舎教師』田山花袋|退屈なのに名作

『田舎教師』田山花袋 新潮社[新潮文庫] 2023.11.28読了 田山花袋といえば『布団』である。布団の匂いを嗅ぐ中年男性の姿がよく取り上げられており、花袋の名前だけは知っている方は多いだろう。実は私も名前を知っていただけで、花袋の作品を読むのは初め…

『サキの忘れ物』津村記久子|本は「おもしろい」とか「つまらない」だけではない

『サキの忘れ物』津村記久子 新潮社[新潮文庫] 2023.11.7読了 サキという人が忘れた物のことではない。O・ヘンリーと並んで短編の名手とも言われている「サキ」という海外小説家の本が喫茶店に忘れられていた。私はサキの作品はまだ読んだことがない。 小…

『琥珀の夏』辻村深月|大人の理想と子どもの期待

『琥珀の夏』辻村深月 文藝春秋[文春文庫] 2023.9.24読了 子どもの頃は自分の周りだけが世界の全てだ。小学生のほとんどは、家族と学校だけでそれ以外の世界は知らない。その小さな世界で自分がどう思われているか、一人ぼっちになったら、嫌われたら、親…

『猫と庄造と二人のおんな』谷崎潤一郎|猫に翻弄される人間たち

『猫と庄造と二人のおんな』谷崎潤一郎 新潮社[新潮文庫] 2023.8.13読了 昭和8年に『春琴抄』を書いた谷崎潤一郎さんは翌年にこの短編を刊行した。文庫本で150頁にも満たないこの小説はさらりと読み終えられるので、谷崎文学をこれから読もうとしている人…

『水車小屋のネネ』津村記久子|身の回りの人に寄り添うこと、親切にすること

『水車小屋のネネ』津村記久子 毎日新聞出版 2023.5.14読了 ネネというのは、ヨウムの名前。ヨウム?オウムじゃなくて?とほとんどの人が思うだろうが、「ヨ」ウムらしい。オウムの種類のひとつで尾羽が赤い灰色の鳥である。水車小屋では、川の流れる力を水…

『カソウスキの行方』津村記久子|相手の良いところを見つけよう

『カソウスキの行方』津村記久子 講談社[講談社文庫] 2023.4.3読了 津村記久子さんお得意のお仕事小説かなと思っていたら、確かに職場の話ではあるけれど、アラサー女性の今後の生き方みたいなものが等身大の目線で書かれたものだ。雰囲気としては、芥川賞…

『少将滋幹の母 他三篇』谷崎潤一郎|母への想い、妻への妄執

『少将滋幹(しげもと)の母 他三篇』谷崎潤一郎 中央公論新社[中公文庫] 2023.3.11読了 谷崎潤一郎さんの代表作のひとつである『少将滋幹の母』と他3つの短編が収められた豪華な文庫本である。小倉遊亀さんという画家による原画からとりなおした挿絵がた…

『ラーメンカレー』滝口悠生|窓目くんの素敵な話と鈍感力

『ラーメンカレー』滝口悠生 ★ 文藝春秋 2023.3.7読了 たいていの人と同じように、私もラーメンとカレーは大好きだ。けれどこの2つが一緒になったらどうなんだろう。ラーメンが先に来てるから、ラーメン風のカレーということか?タイトルも気になるし、広い…

「西村賢太さん一周忌追悼」田中慎弥さんトークショーに行ってきた

街区の再開発のため、東京駅八重洲口にある「八重洲ブックセンター」が今月末で営業を終了する。都内では神保町の三省堂書店、渋谷の丸善&ジュンク堂をはじめ、大型書店がまたしてもなくなることに、悲しみを隠しきれない。 西村賢太さんが亡くなられて一周…

『傲慢と善良』辻村深月|生きるためには色々なバランスが大切なんだ

『傲慢と善良』辻村深月 朝日新聞出版[朝日文庫] 2023.2.28読了 結婚披露宴の予定も決まり、もうすぐ夫婦となるはずだった架(かける)と真実(まみ)。しかし、突然真実が失踪してしまう。少し前から、真実からストーカーの存在を打ち明けられていた架は…

『鉄道小説』乗代雄介・温又柔・澤村伊智・滝口悠生・能町みね子|豪華すぎる共演を堪能

『鉄道小説』乗代雄介・温又柔・澤村伊智・滝口悠生・能町みね子 ★ 交通新聞社 2023.2.16読了 豪華すぎるこの共演!仮に知っている作家が滝口悠生さんだけだったとしても買うだろうけど、乗代雄介さん、温又柔さんもいるなんて。この本の出版元はなんと交通…

『しろがねの葉』千早茜|何を光として生きていくのか|銀世界を肌で感じ取る

『しろがねの葉』千早茜 ★★ 新潮社 2023.2.4読了 千早茜さんの小説は過去に1冊だけ読んだことがある。女性ならではの細やかな表現が際立ち、何よりもとても読みやすかった。しかし他の作品をなかなか手にする機会がなく。今回読んだのは、ずばり直木賞受賞作…

『完全犯罪の恋』田中慎弥|文学を通した共犯関係

『完全犯罪の恋』田中慎弥 講談社[講談社文庫] 2022.12.17読了 私は田中慎弥さんの書くものが好きだが、同時に彼自身にもとても興味をそそられる。私生活はどんな風だろう、どんな人を恋愛対象にするんだろう。彼の思考と文章があれば好みの女性を一発で落…

『銀花の蔵』遠田潤子|醬油蔵を継ぐこと、家族をたぐりよせること

『銀花の蔵』遠田潤子 新潮社[新潮文庫] 2022.12.4読了 海外小説が大好きなのに、時々疲れてしまうことがある。おそらく翻訳された文章に気疲れするのだろう。現代は優れた邦訳がとても多く、そのおかげで私たちは素晴らしい世界文学に触れることができる…

『デッドライン』千葉雅也|本気にならず何かを結論づけることもなく

『デッドライン』千葉雅也 新潮社[新潮文庫] 2022.11.21読了 千葉雅也さんは立命館大学の教授をされており『現代思想入門』の著者で知られる哲学者である。哲学者が書いた小説、しかも芥川賞候補にもなっていたので、かねてから気になっていた作家である。…

『水平線』滝口悠生|全ては時空を超えてつながっている

『水平線』滝口悠生 ★★ 新潮社 2022.8.25読了 あの人と私は、海の彼方でつながってルルル 帯に書かれたこの文章。ルルル?ルルルって…。ハミングしてるのだろうか。この感じが早くも滝口悠生さんっぽい。霊的な力を持つという巫女さんから、名前がよくないと…