書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

外国(ア行の作家)

『1984』ジョージ・オーウェル|人は愛されるよりも理解されることを欲するのかも

『1984』ジョージ・オーウェル 田内志文/訳 KADOKAWA[角川文庫] 2024.04.22読了 文庫本の表紙はルネ・マグリットの絵である。顔の前にあるりんごのせいでよく見えないが、実はよーく注視すると左目が少しだけ見えていて薄ら怖い。人から常に「見られてい…

『イギリス人の患者』マイケル・オンダーチェ|読み終えてから押し寄せる余韻

『イギリス人の患者』マイケル・オンダーチェ 土屋政雄/訳 東京創元社[創元文芸文庫] 2024.02.06読了 タイトルだけ見ても気付かないかもしれないが、これはあの有名な映画『イングリッシュ・ペイシェント』の原作である。私は実は映画を観ていない(あん…

『滅ぼす』ミシェル・ウエルベック|政治、死、そして愛について

『滅ぼす』上下 ミシェル・ウエルベック 野崎歓 齋藤可津子 木内暁/訳 ★ 河出書房新社 2024.01.29読了 ウエルベックの小説ってどうしてこんなにカッコいいんだろう。ストーリーも文体も、登場人物の会話も、もう何もかも。鋭く光るセンスは誰にも真似出来な…

『冬の日誌/内面からの報告書』ポール・オースター|若かりし日から思慮深かった彼は、最初から言語の世界にいた

『冬の日誌/内面からの報告書』ポール・オースター 柴田元幸/訳 ★ 新潮社[新潮文庫] 2024.01.15読了 もともと単行本は1冊づつ刊行されていたが、文庫化に伴い1冊に収められた。ノンフィクションだけど私小説やエッセイとも取れる。自身の身体のことを書…

『ウィンダム図書館の奇妙な事件』ジル・ペイトン・ウォルシュ|保健師探偵イモージェンが魅力的

『ウィンダム図書館の奇妙な事件』ジル・ペイトン・ウォルシュ 猪俣美江子/訳 東京創元社[創元推理文庫] 2023.12.06読了 保健室の先生って、優しかったよなぁ。小学校でも中学校でもその記憶はある。私は保健室に入り浸る生徒ではなかったけれど、包容感…

『木曜殺人クラブ 逸れた銃弾』リチャード・オスマン|エンタメ感増し増しの作品に

『木曜殺人クラブ 逸れた銃弾』リチャード・オスマン 羽田詩津子/訳 早川書房[ハヤカワポケットミステリー] 2023.10.1読了 シリーズ3作めとなる。年1くらいで自分の好きな海外シリーズがコンスタントに翻訳されて読めることは本当に嬉しい限りだ。このシ…

『魯肉飯のさえずり』温又柔|心が繋がっていれば、言葉が通じなくてもわかりあえる

『魯肉飯(ロバプン)のさえずり』温又柔(おん・ゆうじゅう) 中央公論新社[中公文庫] 2023.8.29読了 あれ、魯肉飯って「ルーロンハン」って読むんじゃなかったかな。日本には台湾料理店も多く魯肉飯は結構浸透していてルーロンハンで通ってる。「ロバプ…

『ルクレツィアの肖像』マギー・オファーレル|スリリングで鳥肌ものの読書体験間違いなし

『ルクレツィアの肖像』マギー・オファーレル 小竹由美子/訳 ★ 新潮社[新潮クレスト・ブックス] 2023.7.9読了 ひとつの絵画と曰く付きのエピソードから、こんなにも豊かでスリルあふれる物語を生み出せるとは。数ページ読んだだけで虜になり、最後の頁ま…

『無垢の時代』イーディス・ウォートン|人生において自由をどこまで追求するか

『無垢の時代』イーディス・ウォートン 河島弘美/訳 岩波書店[岩波文庫] 2023.7.3読了 アメリカの資本主義が急速な発達を遂げた1870年代、ニューヨークに新興富裕層が台頭し、新しい波が古い世界に押し寄せた、変化する時代の物語である。もともと新潮文…

『忘却についての一般論』ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ|新鮮で楽しい、詩的で美しい

『忘却についての一般論』ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ 木下眞穂/訳 白水社[エクス・リブリス] 2023.6.20読了 アンゴラという国があることは知っていたが、それが何処にあるかも、どんな国なのかも意識したことがなかった。アフリカ大陸の南西部に…

『パワー』ナオミ・オルダーマン|自分が強者になると、傲慢になり優位に立つようになる

『パワー』ナオミ・オルダーマン 安原和見/訳 河出書房新社[河出文庫] 2023.6.12読了 女性の身体に突然変化が生まれる。スケインと呼ばれる器官が突然生じて、指先から電流が流れるようになる。その電流を自由に操れるパワーが宿った女性たちが、男性より…

『フラナリー・オコナー全短篇 』[上]フラナリー・オコナー|ラストが秀逸

『フラナリー・オコナー全短篇 』[上]フラナリー・オコナー 横山貞子/訳 筑摩書房[ちくま文庫] 2023.4.8読了 『善人はなかなかいない』 読み終えた後、すぐには意味がわからなかった。このラストはなにを意味しているのか、そもそもここで終わり?って…

『鉄道小説』乗代雄介・温又柔・澤村伊智・滝口悠生・能町みね子|豪華すぎる共演を堪能

『鉄道小説』乗代雄介・温又柔・澤村伊智・滝口悠生・能町みね子 ★ 交通新聞社 2023.2.16読了 豪華すぎるこの共演!仮に知っている作家が滝口悠生さんだけだったとしても買うだろうけど、乗代雄介さん、温又柔さんもいるなんて。この本の出版元はなんと交通…

『祝宴』温又柔|ほっこりと、あったかい気持ちになれる

『祝宴』温又柔(おん・ゆうじゅう) 新潮社 2023.1.10読了 小籠包のイラストが食欲をそそる!少し前から台湾の作品が熱いような気がする。台湾人作家の本や台湾自体を紹介する本も多く、リアル書店でもたまにフェアなんかやっていたりする。台湾人である温…

『木曜殺人クラブ 二度死んだ男』リチャード・オスマン|ダイヤモンドの行方は

『木曜殺人クラブ 二度死んだ男』リチャード・オスマン 羽田詩津子/訳 ★ 早川書房[ハヤカワポケットミステリー] 2022.12.15読了 ついに木曜殺人クラブの続編が出た!シリーズ一作目がとてもおもしろかったので、楽しみにしていた。とは言っても、読んだの…

『嫉妬/事件』アニー・エルノー|書くことで感情を解き放つ

『嫉妬/事件』アニー・エルノー 堀茂樹・菊地よしみ/訳 早川書房[ハヤカワepi文庫] 2022.11.20読了 アニー・エルノーさんがノーベル文学賞を受賞された時には、すでにこの作品の文庫化が決まっていたようで、早川書房さんは先見の明があるなと感心してい…

『「幸せの列車」に乗せられた少年』ヴィオラ・アルドーネ|子供の頃には理解できなかった真意

『「幸せの列車」に乗せられた少年』ヴィオラ・アルドーネ 関口英子/訳 筑摩書房 2022.10.29読了 日本でいう本屋大賞なるものがイタリアにもあるようで、それを2021年に受賞されたのがこの作品である。書店員が選ぶ賞は、作家や専門家が選ぶそれよりも大衆…

『シンプルな情熱』アニー・エルノー|人を愛する自分自身をも愛すること

『シンプルな情熱』アニー・エルノー 堀茂樹/訳 早川書房[ハヤカワepi文庫] 2022.10.26読了 今年のノーベル文学賞を受賞されたアニー・エルノーさんは、82歳になるフランス人作家。自伝的作品を多く書き続けている。邦訳されている彼女の作品の中ではおそ…

『写字室の旅/闇の中の男』ポール・オースター|記憶の中を彷徨いながら未来を予測する

『写字室の旅/闇の中の男』ポール・オースター 柴田元幸/訳 新潮社[新潮文庫] 2022.10.22読了 オースターさんがポール・ベンジャミン名義で刊行したハードボイルド作品『スクイズ・プレー』と同時に新潮文庫で刊行されたのがこの本である。2作の中編が収…

『セロトニン』ミシェル・ウエルベック|孤独を選ぶ人もいる

『セロトニン』ミシェル・ウエルベック 関口涼子/訳 河出書房新社[河出文庫] 2022.10.3読了 油絵のようなグリーンの挑発的な表紙が目立っていた単行本とはうって変わった印象。文庫本はなかなかカッコいい表紙である。色合い、タイトルと著者名のバランス…

『スクイズ・プレー』ポール・ベンジャミン|もっとオースターさんの探偵ものが読みたくなる

『スクイズ・プレー』ポール・ベンジャミン 田口俊樹/訳 ★ 新潮社[新潮文庫] 2022.9.4読了 なんと、ポール・オースターさんが別名義で小説を書いていたなんて!Twitterでフォローしている方のツイート見て初めて知ったのだ。しかもこの作品はデビュー作に…

『ロボット・イン・ザ・ガーデン』デボラ・インストール|子供たちに読んで欲しい物語

『ロボット・イン・ザ・ガーデン』デボラ・インストール 松葉葉子/訳 小学館[小学館文庫] 2022.8.27読了 二宮和也さん主演の映画『タング』が現在公開されている。劇団四季のミュージカルも評判が良かったから、この原作は前から気になっていた。文庫の版…

『陽気なお葬式』リュドミラ・ウリツカヤ|周りの全てを好きになること

『陽気なお葬式』リュドミラ・ウリツカヤ 名倉有里/訳 新潮社[新潮クレスト・ブックス] 2022.8.13読了 タイトルがいい。お葬式が「陽気」だなんて。もちろん大切な人が亡くなることは辛く悲しいことだから悼むことは必要である。だけど、お葬式が「悲しい…

『もう行かなくては』イーユン・リー|人生を振り返るとき誰を想う

『もう行かなくては』イーユン・リー 篠森ゆりこ/訳 河出書房新社 2022.8.8読了 高齢者施設に住む81歳のリリアが、かつて恋人だったローランドの著作を読みながら過去を回想していくストーリーである。時間軸と構成がけっこうややこしくて難解に思えるけど…

『リリアンと燃える双子の終わらない夏』ケヴィン・ウィルソン|親友の語りを聞いているようで楽しくなる

『リリアンと燃える双子の終わらない夏』ケヴィン・ウィルソン 芹澤恵/訳 集英社 2022.6.30読了 表紙のイラストがとても気になって、パラパラとめくってみる。導入から自分の好みに感じたし、集英社のなめらかな字体が読みやすい。ソフトカバーであることも…

『夜想曲集 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』カズオ・イシグロ|短編を読むのはその作家が好きだから

『夜想曲集 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』カズオ・イシグロ 土屋政雄/訳 早川書房[ハヤカワepi文庫] 2022.5.23読了 カズオ・イシグロさんの短編集を読んだ。彼の短編を読むのは初めてである。短編を集めたものではなく書き下ろしの短編が5作収められ…

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』アンディ・ウィアー|ユーモアたっぷり、爽快な宇宙SF

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』上下 アンディ・ウィアー 小野田和子/訳 早川書房 2022.4.11読了 昨年末に刊行されてから話題になり、めちゃくちゃ売れているようで気になっていた。正直、SF作品は得意ではない。それでも単行本上下巻なのに翻訳ものに…

『暁の死線』ウイリアム・アイリッシュ|若い2人の推理と行動のプロセスを楽しむ

『暁の死線』ウイリアム・アイリッシュ 稲葉明雄/訳 東京創元社[創元推理文庫] 2022.4.7読了 先日読んだアイリッシュ著『幻の女』に心を奪われたので、2作目にこの作品を読んでみた。同じくタイムリミットサスペンスと呼ばれており、アイリッシュ氏の代表…

『高慢と偏見』ジェイン・オースティン|自負心と虚栄心は別物

『高慢と偏見』ジェイン・オースティン 大島一彦/訳 中央公論新社[中公文庫] 2022.3.26読了 イギリスの古典小説、それもとびきりおもしろい恋愛小説のひとつが『高慢と偏見』である。サマセット・モーム氏も世界の十大小説の一つに選んでいる。男性がこの…

『幻の女』ウイリアム・アイリッシュ|ストーリーも文体も完璧な名作

『幻の女』ウイリアム・アイリッシュ 黒原敏行/訳 ★ 早川書房 [ハヤカワミステリ文庫] 2022.2.19読了 ミステリなのにミステリファン以外からも根強く人気があり名作と名高い。おそらく、文章の美しさが読者を虜にする理由であろう。絶賛されている冒頭の…