書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

国内(は行の作家)

『沙林 偽りの王国』帚木蓬生|科学者集団「オウム真理教」が目指したものとは

「沙林 偽りの王国』上下 帚木蓬生 新潮社[新潮文庫] 2023.10.5読了 弁が立つ人、屁理屈を捏ねる人のことを「あぁ言えば、上祐」という言葉で揶揄するのが当時流行っていた。オウム真理教元教団幹部・上祐史浩(じょうゆうふみひろ)のあの嘘八百に、饒舌…

『百年の子』古内一絵|小学館の矜持

『百年の子』古内一絵 小学館 2023.9.25読了 この本の出版元である小学館を舞台にした100年に渡る大河小説である。書き下ろし作品だしなんとなく小学館なんだろうなという予想はしていが、猫型ロボットに触れられている箇所で「あぁ、やっぱり小学館だ!」と…

『未見坂』堀江敏幸|心が和みある種の懐かしさを感じる

『未見坂』堀江敏幸 新潮社[新潮文庫] 2023.9.18読了 ふとした時に読みたくなる作家の一人が堀江敏幸さんである。心が落ち着く時間、それだけをただ欲して堀江さんの奏でる小説世界に足を踏み入れる。 この本は『雪沼とその周辺』に連なる連作短編集であり…

『少年と犬』馳星周|新境地で直木賞を受賞

『少年と犬』馳星周 文藝春秋[文春文庫] 2023.5.3読了 犬が主役、そして人間と犬の絆を描いた作品である。動物の中でも犬は際立って人間との距離が近く寄り添うように買主に尽くす。忠犬ハチ公のイメージも強いのだろう。だからどうしてもお涙頂戴的なスト…

『イリノイ遠景近景』藤本和子|翻訳家が語る上質なエッセイ

『イリノイ遠景近景』藤本和子 筑摩書房[ちくま文庫] 2023.2.19読了 昨年末に読んだトニ・モリスン著『タール・ベイビー』の訳者が藤本和子さんで、そうだ、このエッセイを読もうかなと思っていた。他の本をつまみ食いしていて忘れかけていたのだが、先日…

『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』長谷敏司|ロボットと義足ダンサーの表現法、そして介護

『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』長谷敏司 早川書房 2022.11.9読了 帯に「10年ぶりの最高傑作」なんて書かれているけど、そもそも長谷敏司さんという作家を私は知らなかった。それもそうか、早川書房でも滅多に読まないハヤカワ文庫JAに名を連ねる方の…

『あとは切手を、一枚貼るだけ』小川洋子 堀江敏幸|手紙の世界でひとつに繋がる

『あとは切手を、一枚貼るだけ』小川洋子 堀江敏幸 中央公論新社[中公文庫] 2022.10.26読了 手紙だけでやり取りをする男女の往復書簡小説である。小川洋子さんと堀江敏幸さんがそれぞれのパートを務めている。なんと、事前にストーリーを組み立てることも…

『教誨師』堀川惠子|人間はみな弱い生き物である

『教誨師(きょうかいし)』堀川惠子 ★ 講談社[講談社文庫] 2022.10.24読了 以前から書店で目にして気になっていた本である。教誨師とは「処刑される運命を背負った死刑囚と対話を重ね、最後はその死刑執行の現場に立ち会うという役回りであり、報酬もない…

『事故物件、いかがですか? 東京ロンダリング』原田ひ香|不動産にまつわる数々のドラマ

『事故物件、いかがですか? 東京ロンダリング』原田ひ香 集英社[集英社文庫] 2022.5.24読了 原田ひ香さんの『三千円のつかいかた』はベストセラーになり書店でもうず高く積み上げられていた。金融関係の本かと思っていたが小説だと知ったのも結構最近であ…

『この道』古井由吉|人間の死を悟るように

『この道』古井由吉 講談社[講談社文庫] 2022.5.1読了 久しぶりに古井由吉さんの本を読んだ。古井さんの文体に触れるときは雨の日が似合う。現在このような静謐な空気をまとう文章を書く人はいないのではないか。 基本的には古井さん本人だと思われる老人…

『なずな』堀江敏幸|赤ちゃんは周りの人との関わり方を変える

『なずな』堀江敏幸 集英社[集英社文庫] 2022.3.30読了 この本のタイトルである『なずな』は、生後2ヶ月ちょっとの赤ちゃんの名前である。道端に生えているぺんぺん草の「なずな」、春の七草の一つ。ジンゴロ先生は、どうして子供にそんな名前をつけたのか…

『Blue』葉真中顕|知りたい欲求そのままに展開される

『Blue』葉真中顕 光文社[光文社文庫] 2022.3.21読了 葉真中顕さんの作品は、昨年刊行された『灼熱』という小説がとても評判が良いので読みたいと思っていた。単行本を購入しようか思いあぐねていたら、ちょうど先月この作品が文庫新刊として書店に並んで…

『熊の敷石』堀江敏幸|「なんとなく」の良さ

『熊の敷石』堀江敏幸 講談社文庫 2021.12.28読了 表題作と他に2作の短編が収められている。『熊の敷石』で堀江敏幸さんは2001年に芥川賞を受賞された。いかにも芥川賞らしい作品であると思う。ちょっと小難しく、華美に修飾された言葉と比喩で飾られた文章…

『めぐらし屋』堀江敏幸|蕗子ではなくて蕗子さん

『めぐらし屋』堀江敏幸 新潮文庫 2021.8.20読了 めぐらし屋ってなんだろう。想像をめぐらせる夢想家なのか、屋とついているから何かのお店なのか。タイトルから小説の中身を思いめぐらせること、これもなかなか楽しい。 父親を亡くした蕗子(ふきこ)さんは…

『正弦曲線』堀江敏幸|恋してしまったらしい

『正弦曲線』堀江敏幸 ★ 中公文庫 2021.7.7読了 著者の堀江敏幸さんは、三角関数のサイン、コサイン、タンジェントの「サイン」を書くときには必ず日本語で「正弦」と括弧付きで入れるそうだ。日本語のその響きと、漢字そのものの美しさを愛する所以だろう。…

『本心』平野啓一郎|本心がわからなくたっていいじゃない

『本心』平野啓一郎 ★ 文藝春秋 2021.7.4読了 先月発売されたばかりのこの『本心』は、刊行前から話題にも上り、特設サイトまである(まだ中身は見ていない)くらいだから、やはり平野さんの人気は凄まじい。そんな私も平野さんのファンの1人であり、小説が…

『月』辺見庸|「ひと」とは一体何なのか?

『月』辺見庸 角川文庫 2021.6.14読了 神奈川県相模原市にある障がい者施設「津久井やまゆり園」で、19人が死亡、26人が重軽傷を負うという凄惨な事件が2016年に起きた。健常者が障がい者を標的にするという信じがたい事件に胸を痛めた人も多く、一方で同時…

『風土』福永武彦|自分が自分自身になる

『風土』福永武彦 小学館P+D BOOKS 2021.6.9読了 去年初めて福永武彦さんの小説を読み、特に『忘却の河』に圧倒され、今でも読み終えた時の衝撃と感動は憶えている。その福永さんの処女長編作品がこの『風土』である。24歳の時にこの作品の着想を得て、約10…

『彼女は頭が悪いから』姫野カオルコ|東大生ならではの弱み

『彼女は頭が悪いから』姫野カオルコ 文春文庫 2021.4.8読了 このタイトルとジャケットだけ見ると、ファンタジー作品だろうかと勘違いしてしまう。単行本が刊行されたときにはあまり気にも留めていなかった。しかし読んでみると、2016年に起きた「東大生集団…

『いつか王子駅で』堀江敏幸|疾走するのに和む堀江さんマジック

『いつか王子駅で』堀江敏幸 新潮文庫 2021.4.6読了 まるで谷崎潤一郎さんの『春琴抄』のように、一文がひたすら長い。私が今まで読んだ堀江さんの2作に比べても圧倒的な長さである。それでも、独特の言い回しとリズムのある文体が心地良く、いつしか読みや…

『野良犬の値段』百田尚樹|時代を象徴したエンタメ作品

『野良犬の値段』百田尚樹 幻冬舎 2021.3.5読了 もう小説は書かない、って百田尚樹さん言ってたのになぁ。しかもそんなに月日は経っていないのに。お馴染みの幻冬舎から出版されているから、見城さんから勧められたのかしら。いずれにせよ読者からすると、ま…

『河岸忘日抄』堀江敏幸|船での日々の営み

『河岸忘日抄(かがんぼうじつしょう)』堀江敏幸 新潮文庫 2021.3.4読了 先月読んだ堀江敏幸さんの『雪沼とその周辺』がぴたりと好みに合っていたから、2冊めを手に取る。読売文学賞を受賞された長編である。これは小説なのか随筆なのか、エッセイなのか。…

『水と礫』藤原無雨|文藝賞どうなのよ|巻き煙草とらくだ

『水と礫(れき)』藤原無雨(むう) 河出書房新社 2021.2.12読了 今注目を集める河出書房新社主催の文藝賞。この『水と礫』は去年の第57回受賞作で一番新しい作品である。文藝賞が何故注目されているのかというと、『推し、燃ゆ』で芥川賞を取った宇佐見り…

『雪沼とその周辺』堀江敏幸|品のある美しい文体を味わう

『雪沼とその周辺』堀江敏幸 ★ 新潮文庫 2021.2.6読了 現代日本における偉大な作家の1人である堀江敏幸さん。芥川賞を始め数多の文学賞を受賞し、早稲田大学の教授も務めている。現在では文学賞の選考委員もされている堀江さんは名前をよく目にするのだが、…

『女の家』日影丈吉/女中のための家

『女の家』日影丈吉 中公文庫 2020.11.3読了 日影丈吉さんという小説家のことは、名前も作品も知らなかった。1991年に既に亡くなられた方であるが、泉鏡花文学賞を始めいくつかの文学賞を受賞したようだ。 銀座のとある家で折竹幸枝(おりたけゆきえ)がガス…

『忘却の河』福永武彦/罪を背負い生きていく

『忘却の河』福永武彦 ★★ 新潮文庫 2020.9.28読了 先日読んだ『草の花』にとても心を奪われたので、同じく多くの人に読み継がれている福永武彦さんの『忘却の河』を読了した。 なんという小説だろう。読み終えた今も、余韻を楽しむというか、ぼうっと虚ろな…

『風立ちぬ・美しい村・麦藁帽子』堀辰雄/風が立ったら前を向こう

『風立ちぬ・美しい村・麦藁帽子』堀辰雄 角川文庫 2020.9.14読了 実はまだこの作品は未読であった。誰もが知る有名な作品だからこそ、かえって読む機会が遠のくというのは実はよくあるのではないだろうか?先日福永武彦さんの『草の花』を読んでから堀辰雄…

『草の花』福永武彦/孤独な生きもの

『草の花』福永武彦 ★ 新潮文庫 2020.8.17読了 なんの本だったか忘れてしまったが、この福永武彦さんの『草の花』が出てきて、ずっと気になっていた。恥ずかしながら、福永武彦さんのことは今まで知らずにいたのだけれど、戦後の日本文学に大きな影響を与え…

『サロメ』原田マハ/破滅するほどの愛が美麗で狂気な絵に

『サロメ』原田マハ 文春文庫 2020.6.21読了 聖書の一場面を独自にアレンジした『サロメ』は、オスカー・ワイルド氏による戯曲である。本当は、先に読むなり知識を深めてからこの小説を読むべきだったかなと思う。しかし、プロローグにて詳細に概要が語られ…

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』ブレイディみかこ/無知を知ること

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』ブレイディみかこ 新潮社 2020.5.28読了 このブログを見てくださっている本好きな方で、この本の存在を知らない人はいないだろう。去年のノンフィクション部門のタイトルをいくつも取り、未だ売れ続けている…