書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

2023-08-01から1ヶ月間の記事一覧

『高熱隧道』吉村昭|自然の脅威、人間との確執

『高熱隧道』吉村昭 新潮社[新潮文庫] 2023.8.27読了 数年前に黒部・立山アルペンルートを含めて富山を旅行した。黒部ダムの勢いよく放出される水に圧倒された。なかでも、立山の景色の素晴らしさが本当に忘れがたく、なんなら日本で観光した景色で一番と…

『ゴリオ爺さん』オノレ・ド・バルザック|すべてが真実なのである

『ゴリオ爺さん』オノレ・ド・バルザック 中村佳子/訳 ★ 光文社[光文社古典新訳文庫] 2023.8.24読了 実は過去にこの作品を読んだとき、断念した経験がある。海外文学にまだ心酔していなく、訳された文章にまだ慣れていなかったこともあるかもしれない。確…

『新古事記』村田喜代子|戦争が行われていると同時に平和な場所もある

『新古事記』村田喜代子 講談社 2023.8.20読了 どうして『新古事記』なんだろう。『古事記』と関係があるのかしら。書店で気になり何気なく頁をパラパラすると、太平洋戦争の頃の話らしい。『古事記』とどう関わっているのか。最近『古事記転生』なる本がベ…

『野性の探偵たち』ロベルト・ボラーニョ|一つの作品で自分の思考が逆転するというなんとも稀有な読書体験

『野性の探偵たち』上下 ロベルト・ボラーニョ 楢原孝政・松本健二/訳 白水社[エクス・リブリス] 2023.8.19読了 はらわたリアリズムってなんのことだろう?内臓現実主義?どうやらこの小説のポイントになるのがはらわたリアリスト=前衛詩人のことである…

『猫と庄造と二人のおんな』谷崎潤一郎|猫に翻弄される人間たち

『猫と庄造と二人のおんな』谷崎潤一郎 新潮社[新潮文庫] 2023.8.13読了 昭和8年に『春琴抄』を書いた谷崎潤一郎さんは翌年にこの短編を刊行した。文庫本で150頁にも満たないこの小説はさらりと読み終えられるので、谷崎文学をこれから読もうとしている人…

『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』川上未映子|母娘の関係性、身体の生理現象

『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』川上未映子 筑摩書房[ちくま文庫] 2023.8.8読了 挑発的なタイトルと表紙である。この本は「詩集」とジャンル分けされている。頁をめくると確かに詩に見えるものもあるが、短編のようにも感じられる。『乳と卵』で…

『レイチェル』ダフネ・デュ・モーリア|愛する相手への疑惑を抱え続ける

『レイチェル』ダフネ・デュ・モーリア 務台夏子/訳 東京創元社[創元推理文庫] 2023.8.7読了 大好物の19世紀のイギリスを舞台としたゴシックロマンスミステリーである。刊行当時も絶大なる人気を誇ったダフネ・デュ・モーリア。私は過去に『レベッカ』を…

『見ること』ジョゼ・サラマーゴ|白票の意味するところは|賢明な言葉による豊穣さに心躍る

『見ること』ジョゼ・サラマーゴ 雨沢泰/訳 ★ 河出書房新社 2023.8.5読了 敬愛する作家の一人、ジョゼ・サラマーゴさんの小説が河出書房から新刊で刊行された。2004年に刊行された本書は、著者晩年81歳の時の作品で『白の闇』と対をなす物語となっている。 …

『武蔵野夫人』大岡昇平|武蔵野の雄大な自然と、登場人物の絶妙な心情の変化を読み解く

『武蔵野夫人』大岡昇平 新潮社[新潮文庫] 2023.8.2読了 武蔵野の雄大な風景が鮮やかに浮かび上がる。武蔵野とは、明確な定義はないものの、多摩川と荒川、埼玉を流れる入間川に囲まれ、東京と埼玉にまたがっている台地(日本地名研究所事務局長・菊地恒雄…

『木挽町のあだ討ち』永井紗耶子|完成された物語性

『木挽町のあだ討ち』永井紗耶子 新潮社 2023.7.31読了 胸のドン突きにあるもの。胸の奥深くの突き当たりにあって自分の意志じゃどうにもならないもの。これに反する気持ちを抱こうとしても、何かが喉に引っかかったような、もどかしい気持ちになりすっきり…

『灯台』P・D・ジェイムズ|孤島のミステリー、ダルグリッシュのロマンスもあり

『灯台』P・D・ジェイムズ 青木久惠/訳 早川書房[ハヤカワ・ポケット・ミステリ] 2023.7.30読了 今年に入って初めて、久しぶりのジェイムズ作品。この作品は、2005年に彼女がなんと85歳の時に刊行された小説だ。筆の衰えを全く感じさせない、濃密なミステ…