『辮髪(べんぱつ)のシャーロック・ホームズ 神探福邇(しんたんフーアル)の事件簿』莫理斯(トレヴァー・モリス)舩山むつみ/訳 ★
文藝春秋 2023.6.29読了
パスティーシュとは「作風の模倣」のことで、文学だけでなく芸術作品に多く用いられている。文学ではクリスティー作品が最も多いんじゃないだろうか。パスティーシュになるということは、先行した作品が優れており世にも広められたもの。この作品はあの有名なホームズをモチーフにした探偵ものである。
香港のホームズ!しかも辮髪!
辮髪ってあれだよなぁ。本の表紙にあるように、後頭部を残して全体的に髪を剃り上げ、伸ばした髪は長く1本にまとめて垂らしているあれ。なんかおもしろいある!香港は一度訪れたこともあるので、多少親近感もある。
時は1800年代後半、清末期の頃の香港。満洲生まれの福邇(フーアル)がホームズ役で、友人であり医師の華笙(ホアション)がワトスン役になる。華笙が探偵活動を記録に物語という体になっており、まさしく本家を彷彿とさせる。作品の中ではホームズという固有名詞は出てこない。鋭い観察眼を持つ福邇は諸葛孔明のようだ、なんて言われている。
この作品のおもしろいところは、2人の謎解きだけではなく、古くからの中国の伝統や文化が興味深く、また故事成語などの言い回しが多用されていること。孟子や孔子をはじめ、様々な教訓が引用されている。そして中国の近代史も一緒に学べる。そういう意味では歴史好きにはたまらないかもしれない。
連作短編になっており、ホームズの短編のようなイメージだろうか。それぞれのタイトルは下記の通り。
血文字の謎
紅毛嬌街(ふんもうぎうがい)
黄色い顔のねじれた男
親王府の醜聞
ベトナム語通訳
買弁(ばいべん)の書記
なんと!見ただけで、ホームズのあの作品のオマージュだとわかる。『緋色の研究』だ!『赤毛連合』?『ボヘミアの醜聞』?なるほど、読むとそれぞれが本家に少しづつ繋がる。とは言え、それぞれの短編は忘れかけれている。でも、読んでなくても読んでいても楽しめる一級品の作品たちだ。特に『黄色い顔のねじれた男』が良かった。
4月に発表された第9回日本翻訳大賞は、この作品とアンドレイ・プラトーノフ『チェヴェングール』の2作品だった。本当はプラトーノフのほうが気になってたのだが、本の厚さにひよってしまい、こっちを読んでみようとなんら期待はせずに読んでみた。そうしたらおもしろくて当たり!訳文も、翻訳大賞を受賞するだけあってこなれているし、この時代の中国の雰囲気が存分に出ていて良い感じだ。あとはやっぱりストーリー自体も優れていないと受賞はしないよな、とつくづく思い至った次第。また続きが刊行されるようなので、楽しみに待とう。