書に耽る猿たち

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『くもをさがす』西加奈子|大切なのは自分の身体と心を愛おしく思うこと

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『くもをさがす』西加奈子

河出書房新社 2023.6.26読了

 

『夜が明ける』が刊行された少しあと(私自身も読み終えたあと)に、NHKの「ニュースウォッチナイン」で西さんがインタビューを受けているのを観た。顔がちっちゃくてキュートで、なによりも芯が強いと思ったからよく覚えている。そのシーンの話が出てきて、なんだか胸いっぱいになってしまった。あんなに堂々と話していた彼女が、ウィッグをつけていて、まさにその時戦っている真っ最中だったなんて。全く気付かなかった。彼女は強かったのだ。

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西加奈子さんが遠くカナダの地で乳がんと戦っていたことは、この本が出るまでは知らなかった。女性であれば誰でもがなる可能性がある乳がんや婦人科系のがんは、他人事ではない。いや、まさか自分がなると思わないだろうし、どこか他人事のように俯瞰している人がほとんどかもしれない。もし自身に起きたら「どうして私が」と、悲観するはずだ。

 

年を取ることは、自分の人生を祝福することであるべきだ。私は44年間、この身体で生きてきた。もちろん、身体的な衰えは感じる。そして私は、トリプルネガティブ乳がんを患っている。でも、私は喜びを失うべきではない。(54頁)

本とは異なるカナダの地でがんになること。そこで抗がん剤治療をし、手術を受けなくてはならないこと。どれほどの不安があるだろう。日本には日本の良さ、他国にはそれぞれその国の良さがあるだろうが、バンクーバーで西さんが出会う医師や看護婦たちの明るくあっけらかんとした笑顔に励まされる。自分が喜びを見出すものごと(西さんの場合は、ジョギングや友達とのランチやキャンプなど)を制限しなくてもよいのだと看護婦さんは言う。友人たちが作ったご飯を家に届けてもらえる仕組みの「Meal Train」というシステムが素晴らしい。人が自分のために作ってくれた料理は、その料理以上の栄養をもたらす。

 

西加奈子さんは現代女性作家のなかでも大好きな作家の1人だ。『サラバ!』や『夜が明ける』はもう最高。先日たまたま観た「アメトーーク!」の「読書芸人」でもヒコロヒーさんがこの本を絶賛していた。それがなくても絶対に読んだだろうが、同じ女性として、しかも年齢も近いから共感が半端ない。最後まで読むと涙が出てくるが、それは悲しみや寂しさからくるものではない。清々しく晴れやかな涙。この本は、多くの人に勇気を与えてくれ、自分を愛するという大切なことを教えてくれる。自分にこの先何が起ころう(身体的なことであれ、精神的なことであれ)とも、受け入れていく覚悟ができる。

 

西さんは闘病中、日記を書き、体調が良い時にこのノンフィクションをまとめていた。作中には当時読んだであろう多くの作家による作中の声が引用されている。西さんは書くこと、または読むことで、自分が自分でいられた。文学は凄まじいパワーとなる。

 

会人になって3年目くらいに、ワーキングホリデーでカナダもしくはオーストラリアに行きかけた。その頃も既に日本人にとってはカナダとオーストラリアは住みやすいと言われていた。結局行かなかったのは、良かったのか悪かったのかわからないけれど、まだ訪れたことがないカナダに触れてみたいと今は強く思う。もしバンクーバーに住んだら、私も日本を狭苦しいと感じるのだろうか。

 

学留学のために訪れた2年間のカナダで、このような闘病生活をすることになった西さんは、愛おしいと思える身体と自分に出逢い直せた。現在は東京に住んでいるらしい。今まで以上のものすごい小説を書くんだろうな。旦那さん、子供のS、飼っていた猫のエキのことも気になる。いつか、またこの本の続きとなるようなエッセイも読みたい。

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作中にも引用があったが、西さんも「完璧な小説」とうなるブリット・ベネット『ひとりの双子』はとても良かったので是非。

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