『無垢の時代』イーディス・ウォートン 河島弘美/訳
アメリカの資本主義が急速な発達を遂げた1870年代、ニューヨークに新興富裕層が台頭し、新しい波が古い世界に押し寄せた、変化する時代の物語である。もともと新潮文庫で『エイジ・オブ・イノセンス』という邦題で出版され、ウィノナ・ライダー演じる映画でも高く評価されていたようだ。
弁護士であるニューランド・アーチャーは、純真で美しいメイと婚約をしていた。ある日歌劇場で幼馴染みのエレン(オレンスカ伯爵夫人)と再会する。メイは清楚で優しく誰からも好かれている。一方で大胆で自由奔放な生き方をするエレン。アーチャーは徐々にエレンに惹かれていくというまぁ予想通りのストーリーである。
それにしても、当時のアメリカやヨーロッパでは毎夜のようにこんな風に舞踏会が行われていたのだろうか。この時代の小説を読むたびに思う。招く側は豪華絢爛なおもてなしをし、招かれた女性達は着飾って出向く上流社会のパーティ。今でいうホームパーティーとは全然違うよなぁ。
物語にそんなに大きな動きはない。恋愛・結婚にまつわるテーマで男性の視点になった『高慢と偏見』のようだ。アーチャーを初めとする人間の心の機微がきめ細やかに描写されている。遅々として進まない展開に、最初はまどろっこしく感じていたものの徐々に豊かな物語性に心を掴まされる。
最終章を読むとこの作品の深みがわかる。というか、最後まで読まないとこの小説の凄みがわからないかもしれない。感動の波が一気に押し寄せるのだ。壮年期のアーチャーの目を通して、結局人間の人生とは何か、人間はどう生きるべきか、自由をどこまで追求するのか、何を誇りとしていくのか、そういったものを考えさせられる。
雰囲気がヘンリー・ジェイムズの作品に似ている(なんとなく『ワシントン・スクエア』とか。表紙の雰囲気も似ているし、ワシントン・スクエアの場所も何度も登場するからかな)と感じていたら、訳者による解説に「ヘンリー・ジェイムズの後継的な作家として位置付けられている」とあった。ウォートンのほうがより恋愛要素が強いと感じる。
著者のイーディス・ウォートンは1921年に女性作家で初めてピューリッツァー賞を受賞した。私のなかで女性のピューリッツァー賞といえば『風と共に去りぬ』のマーガレット・ミッチェルのイメージだが、これは1937年だった。アメリカで女性が目覚ましく進出したのはここ100年ほど前からなのか。現在では国内外問わず優れている作品を書く女性が目立つ気がする。そういえば、エレンが『風と共に〜』のスカーレット・オハラで、メイがメラニーかも。そう、意外とメイ(またはメラニー)にもあざとさがあるんだよな。
この『無垢の時代』は100年前の作品であり、舞台はそれより50年前のニューヨークなので、いくらか現代に馴染まなく古めかしさはある。しかし、人間の考え方はどれだけ月日が経とうとも変わらないもので不変のテーマである。そういう主題をもつのも名作といわれている所以であろう。
最近、各出版社がこぞって海外の色々な名作を復刊させてくれている。名作・傑作といわれる作品をどれどけ読み終えようとも、まだまだ読みたいと思う作品が湧き出てくるのは本当に喜ばしい。