書に耽る猿たち

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『田舎教師』田山花袋|退屈なのに名作

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田舎教師田山花袋

新潮社[新潮文庫] 2023.11.28読了

 

山花袋といえば『布団』である。布団の匂いを嗅ぐ中年男性の姿がよく取り上げられており、花袋の名前だけは知っている方は多いだろう。実は私も名前を知っていただけで、花袋の作品を読むのは初めてだ。この『田舎教師』も『布団』同様に花袋作品の中で代表作である。

 

イトルの『田舎教師』からは、先生と生徒の触れ合いや子供と自身の成長が書かれている物語かと想像していたが、全く異なっていた。もちろん小学校での出来事も随所には書かれているが、ほんの僅かだ。それよりもメインとなるのは、1人の青年の心の機微のありのままの姿、捉えどころのないただのなんの変哲もない日常なのだ。 

 

人公は田舎の文学青年林清三である。幼少期から貧しかった清三は、夜逃げをするかのように熊谷から行田、行田から羽生と居を移してきた。そして羽生から弥勒へと移り小学校の代用教師となる。周りの友人は進学の道を進む中、仕方なく教鞭をふるう。生まれてから段々と活気がなくなる田舎へと引っ込むかのように、心もやけっぱちになっていく。

 

三は「何者かになりたい」「出世したい」  そういう羨望を持ってはいるが、だからと言って何か行動的になるわけでもなし、情熱を持つわけでもなし。そんな清三に対して読者はイライラすることもあろう。田舎で過ごすうちに自身もこのままひっそりとのらくら暮らして終わるのではないかという半ば諦めのような境地になる。これもまた人生と思い始めるが、悲惨なことに清三は病に侵されてしまうのだ。

 

まらないといえば、正直その通りである。そもそもストーリーに起伏がないから仕方ない。だから、途中からはただただ文章の流れに沿ってたゆたうような気持ちでいた。ひとことで表すと退屈な小説なのだ。でも、先日読んだ津村記久子さんの本じゃないけれど、本はおもしろいとかつまらないだけではないのだ。

 

人公清三の生き方だけでなく性格がまたもどかしく、彼に共感できない、むしろ「グチグチ言わずに行動しろ」とイラついてしまう。しかしである。人間は多くの人が清三のようではないだろうか。良いとか悪いとかではなく、ありのままの姿を、想いをさらけ出した姿には花袋の潔さを感じよう。きっと『布団』もそうなのだろう。

 

生ののどかな町並み、そこに住む人々のあるがままの普通の生活。ゆったりと流れる時間の中、情景・人物描写がすばらしい。特に自然の風景描写が壮大で深呼吸したくなるほど空気が澄み渡っている。旧仮名使いや脚注が多くて読みづらさはあるものの、吟味してゆっくり味わいたくなるような文体だった。何度も言うがストーリーを求めて読むものではない。明治・大正・昭和の日本文学、侮るなかれ。50年後には、現代作家のもので読み継がれる作品はほんの一握りではなかろうか。

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