書に耽る猿たち

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『結婚/毒 コペンハーゲン三部作』トーヴェ・ディトレウセン|情熱的なトーヴェの生き方こそ詩的だ

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『結婚/毒  コペンハーゲン三部作』トーヴェ・ディトレウセン 批谷(ひたに)玲子/訳 ★

みすず書房 2023.12.02読了

 

ンマークの作家といえば、アンデルセンがぱっと思い浮かぶ。というか、他に誰がいるだろう?首をひねっても出てこない。このトーヴェ・ディトレウセンという作家は日本ではほとんど知られていないと思うが、デンマークでは国民的作家であるらしい。挑発的で、そしてなんともカッコいい姿で煙草をくわえるこの表紙の方こそ、トーヴェ本人だ。詩人・小説家である彼女が残した自伝的小説『子ども時代』『青春時代』『結婚/毒』の三部作を、一冊にまとめあげたのが本書である。

 

『子ども時代』

儚げでもろい、しかし確固たる強さを秘めた子ども独特の感性を、あけっぴろげなのに透明感のある文体で綴られる。まさに詩的である。どうしたらこんな風に書けるのだろう。強さを秘めたトーヴェの繊細さが浮き上がってくるようだ。

「気品に満ちた物体が、脆そうな透明な傘に真っすぐに立たされているような姿で、中庭を小走りに横切っていった(27頁)」こんなふうに、比喩表現もとてつもなく美しい。

子ども時代っていつまでのことだろうか。ここに書かれているのは5歳から堅信礼(信仰を告白し教会の正教徒になるプロテスタントの儀式)を受けるまでだ。トーヴェにとっては「母が自分のことを好きかどうかが世界で最も大切なこと」だと思っていた時期が子ども時代だったたのだと思う。

大人びたトーヴェが、ぎこちない両親との関係などから家庭に窮屈さを感じていたが、詩の世界で解き放とうとする。三部作のなかではこの『子ども時代』が文学的には一番美しく尊かった。

 

『青春時代』

周りの子どもよりもませたトーヴェは、いよいよ社会に出て働き始める。これがなかなか続かず、クビになるなどで職を転々とする。それでも、若さ故かすぐに新しい職が見つかる。また、恋人ができたり、別れたり、初体験をなんとなく済ませたり。そんなこんなが淡々とつづられている。普通であれば青春真っ盛りの、何が起きても楽しいと思える年代ではあるが、現実的でシャープな印象を受けた。

トーヴェにとってはそれよりも詩を世に出すこと、詩で認められること、これに熱を注いでいく。『我が亡き子へ』という一編の詩が、文芸誌に載るまでの経緯が、何がなんでもやってやるという死に物狂いの熱量で迫ってくる。

 

『結婚/毒』

もしかしたらトーヴェにとって「結婚」と「毒」はイコールなんじゃないかとタイトルを見て感じていた。しかし結婚と毒が紙一重という意味ではなく、毒とは彼女にとって薬物依存のことだった。

トーヴェにとって恋愛、結婚は、人生の中でそんなに重要ではなかったのかもしれない。どこか俯瞰している気配がある。でもそれは愛の一般的な観念がそう思わせているだけで、トーヴェが最初に結婚したヴィゴーをも確実に愛し大切に思っていたのである。トーヴェのやり方で。エッベが話す「君自身が複雑だから、人生も複雑になるんだろうね」は言い得て妙である。

結婚を3回しているということは、それに伴い離婚も2回しているということ。その痛みも測り知れないがそれ以上にトーヴェは堕胎を2度経験している。アニー・エルノー著『事件』を連想してしまう。

医師であるカールと知り合ったことで薬物依存が始まる。ヴィクターの献身により、一度は断ち切ることが出来たかに思えたが、毒を克服する力はなかった。人生において、詩を書くことを何よりも生きる喜びとしてきたのに、それすら見えなくなる。「生きている限り、消えることはない薬物への思い」この文章を目にしたときに怖くなった。

 

 

こで終わってしまうのがぞくっとする。もちろん本を出版するタイミングに合わせてだろうが、彼女はこの数年後に自ら命を絶ってしまうのだ。どの作品も読みごたえがあり、味わいながら読んだ。特に三作目はドラマティックで頁をめくる手が止まらなかった。自分の人生のほぼ全てをこんな風にさらけ出せる彼女に敬意をおぼえる。トーヴェの他の作品も読んでみたくなった。

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