書に耽る猿たち

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『歩道橋の魔術師』呉明益|現実の世界にはない「本物」がきっとある

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『歩道橋の魔術師』呉明益 天野健太郎/訳

河出書房新社河出文庫] 2022.11.11読了

 

んでいる自分がマジックに魅了されてしまったようだ。やられた!とかではなく、むしろ心地よい騙され感。そんな不思議な魔法に包まれている、ずっと読んでいたくなるような作品だった。

、街頭の大道芸人が丸く書いた円の中で、踊る人形を操っていた。どう見ても電池が入る大きさではないし、何も繋がっていない。しかし私は、斜め後ろから観客然として見つめていた男が、細い糸で人形を操る姿に気づいてしまったのだ。

の透明に近い細い糸を横切ろうとしたら、別の男性がまるで怒鳴りだすように注意をしてきた。ここで私が横切ったら人形が倒れ、大勢の観客の信頼を失うからだ。結局何もせずにその場を去ったが、この本の一作目『歩道橋の魔術師』に出てくる紙の小人を読んでこの記憶が蘇った。

が見たものはタネも仕掛けもあるマジック(大道芸かな)だった(むしろ胡散臭い)が、この本に出てくる魔術師は、おそらく「本当」のことを教えてくれている。台北の中華商場には大きな歩道橋がかかっており、そこに魔術師がいる。魔術師を軸とした10つの短編が収められ、それぞれの主人公が子供の頃を思い出しながら語られる連作短編集になっている。

ぼくらの心のなかにあるものだけが本当なんだ。(『ギラギラと太陽が照りつける道にゾウがいた』106頁)

実世界ではないところにある「本物」「本当のこと」を魔術師は子供たちに伝える。子供だからこそ伝わる何かがあって、大人は現実の中にしか「本物」がないと思うから信じようとしないのだろう。

 

明益さんの本を読むのは3冊めだが、やはりストーリーテリングに奥行きがあり、台湾への郷愁が感じられる。漂っている空気感が心地良い。今回もまたジャケットのデザインが素敵である。そして文庫に収録された訳者天野健太郎さんと東山彰良さんの解説が素晴らしかった。

の再開発のような大掛かりで人工的な陸橋ではなく、人が道路を横断するためだけに作られた一般的な歩道橋には、しみじみとした懐かしさがある。通勤通学の道のりで歩道橋を渡らざるを得ない人を除いて、日常的に歩道橋を積極的に使う人はあまりいないだろう。私も、前回歩道橋を歩いたのはいつだったっけ、と思い出せない。歩道橋に登って真ん中から遠くを見つめたくなった。

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