書に耽る猿たち

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『華岡青洲の妻』有吉佐和子|憧れが憎悪に変わる時

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華岡青洲の妻有吉佐和子 ★

新潮社[新潮文庫] 2024.05.21読了

 

岡青洲というちょっと大それた名前。幾度もドラマ化されたようだが、以前TBSで放映されていた『仁』というドラマで大沢たかおさんが演じた脳外科医は、華岡青洲の麻酔術を利用していたような。江戸時代に、世界で初めて全身麻酔を使い乳癌の手術を成功させた外科医・華岡青洲を巡る二人の女性の物語である。

 

自身、全身麻酔をして手術を行なった経験がある。頭にぷつぷつと針が刺され、眠くなるようにいつのまにか意識が遠のいて、気づいたらもう全て終わっていた。麻酔ってすごいよなぁ。麻酔自体でも大きな事故が起こりかねないからしっかりとサインをしてコトに挑んだのだけれど、一切疑いも恐れもしなかった。しかし、これを発明したというか何百回何千回と実験を繰り返し、一般的な治療法にした先駆者となる医者がいたのだ。

 

人の女性というのは、青洲の妻加恵(かえ)と青洲の母親於継(おつぎ)のことである。医療の話ではあるものの、それよりも嫁姑問題というか確執というか、二人の女性のどろどろとした関係を鮮やかに狂おしく描いた傑作だった。

 

岡家に嫁に、雲平(うんぺい)の元に嫁ぐのに、当の本人ではなく於継の美貌に囚われてしまった加恵である。憧れの於継に認められて医者の嫁になって欲しいと求められ、夫となる人の顔も見ないまま華岡家に入る。夫は3年間、京都に医療を学ぶために家を不在にしているのだ。相手を知らぬまま、その人の妻になるなんてそんなこと出来るのかしら。

 

の時代には親が決めた縁談が当たり前だったから、相手を知らずに嫁ぐことはあったかもしれない。でもこれは加恵の希望も大きい。加恵がまだ幼い頃、町をきっての美しさを持つ於継をこっそりと見に行くという出だしのエピソードが実に効いている。美しさに魅了され、憧れていた女性だったのに、あんな風になるとは。

 

に雲平が帰ってきたその日から、於継への憎悪が生まれる。この場面はわずか2頁ほどだが、これからの二人の関係性を暗喩しているようでぞくぞくとした。なんなら「自分を実験台にしてくれ」と迫り倒す後半戦よりも私としては見どころだった。

 

酔の実験台にして欲しいという母と妻。清州の気持ちを競い合うかのような嫁姑の蛇のように絡みつく執念。スリル満点で鬼気迫る二人の戦いはヒートアップする。幾度かの実験により犠牲にするものもあるのだが、清州の一番になりたいと切に願う女の性。

 

師として大きな偉業を成し遂げた華岡青洲ではあるが、血縁関係にある者を救うことは難しかった。医者の不養生じゃないけどそういった運命というのはやはりあるんだな、と考えさせられた。

 

文学賞を受賞しただけあり、紛れもなく傑作であった。それにしても有吉さんの筆致はたおやかで気高く迫力がある。吉さんの作品は『恍惚の人』『複合汚染』『非色』『青い壺』などといった社会派作品を読んできたけれど、こういう歴史もの(というか女系もの)、『紀ノ川』『鬼怒川』『芝桜』をこれからは読んでみたい。   

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