書に耽る猿たち

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『うたかたの日々』ボリス・ヴィアン|ファンタジー、メルヘンの中にリアルがある

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『うたかたの日々』ボリス・ヴィアン 伊東守男/訳

早川書房[ハヤカワepi文庫] 2024.05.31読了

 

ロディを奏でるような、美しく詩的な文体である。ここに書かれているものはどうしようもなく悲しく苦しい物語なのに、読み終えたときには散々泣き散らした後のような爽快感がある。フランス人小説家独特の軽妙な味わいがある。ブローティガンアメリカ人であるが、作風が少し似ているように感じた。

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シャレで夢みがちな男性コランと美しいクロエがとあるパーティで衝撃的に出逢い、恋に落ちまたたく間に結婚をする。幸せな結婚生活も束の間、クロエは「肺の中で睡蓮が成長する病」にかかってしまう、という、まぁ奇抜な不思議なストーリーだ。病気になったクロエよりも、むしろコランの方が苦しんでいる。愛した人が苦しんでいる姿を見ることが、抗えない運命の歯痒さに苦しむことが。それでも、愛は尊い

 

ツカネズミに話しかけたり(そして実はネズミを飼っていたのだと判明する)、空に浮かぶ雲が話しかけてきたり。そして、理不尽なことで急に人を殺したり(それがさも当たり前ように過ぎてただ文章はひたすら前に進むのに面食らった!)と、なかなかの奇想天外ぶりだ。

 

の小説に出てくるいろいろな物事がファンタジー、メルヘンであるのに、不思議と現実的な雰囲気を纏っている。あり得ない物語なのに心のどこかで真実味がある。そうだなぁ、映画『チャーリーとチョコレート工場』を観たときの感覚と言ったらいいだろうか。人間の心の奥底にある想い、そして恐怖と狂気が表面に出てきたらこんな感じなのかもしれないと。

 

たかたとは、はかないものを指すときに使われる。日々は、日常は、非常に儚い。ただ当たり前のように過ぎていく日常というのが本当の幸せであり人間の営みであるということを改めて感じさせられる。コランとクロエだけでなく、他に男女2組が登場するのだが、哲学者パルトルに心酔するシックを愛するアリーズの成れの果てには狂愛を感じる。アリーズ、私はなかなか好きだな。