書に耽る猿たち

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『関心領域』マーティン・エイミス|強制収容所に関わる人たちとその日常

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『関心領域』マーティン・エイミス 北田絵里子/訳

早川書房 2024.06.05読了

 

カデミー賞国際長編映画賞を受賞した同名映画の原作である。作品賞を受賞した『オッペンハイマー』の原作を読み、そのあと映画を鑑賞した(本を読んでないと理解に苦しんだかも)のだが、その時にこの映画(『関心領域』)の予告編を観てかなり気になっていた。まだ映画は観ていないが、早川書房さんが映画に間に合わせて(かなり急ぎのスケジュールだったろうな)刊行してくれたので、さっそく本から入ることに。

 

ウシュビッツ強制収容所ユダヤ人110万人もが殺された世界最大の大量虐殺が現実にあった場所。この作品では、ポーランドにあるKZ(カーツェット・強制収容所を表すドイツ語の略)と呼ばれる施設(アウシュビッツとは記されていないが多分合っている。ちなみに、ヒトラーの名前も作中に一切出てこない)と、そのすぐそばの日常が舞台である。

 

絡将校トムゼン、収容所司令官パウル・ドル、そして特別労務班長であるポーランドユダヤ人シュルツの3人の視点で物語は語られる。3人とも、ナチス・ドイツに関わった職業に就いている。ゾンダー(囚人で組織された労務部隊)であるシュルツのパートは読んでいて苦しくなる。自分の死から逃れるために、同じ囚人に色々な行為を行うというむごさ。そして、彼は味覚以外の全ての感覚はダメージを受けて死んでいるという。ガス室、、これを目にするとフランクル著『夜と霧』を嫌でも思い出す。

 

本語の「関心領域」という単語が不気味さを感じさせる。日本語だからという意味でいえは、例えば「安全地帯」もそう。「領域」も「地帯」も、言葉通りの意味だけではなく、もっとあやうい、触れてはいけないような特別な不穏さが漂うのだ。これは日本語独特の感覚としか言いようがない。THE ZONE OF INTEREST の直訳「重要地域」より明らかに不気味さがある。読み終えた後のもやっと感もさらに増す。

 

ーティン・エイミスは、ナチス政権のユダヤ人大量虐殺のむごたらしさ自体を書きたかったわけではない。この強制収容所に閉じこもることで国家規模での犯罪を正当化させるという不合理、また働く彼らの条件下にも人間の薄汚い本性があり、そして家庭が普通にあって日常は同じ時間を流れているということ。つまり、どんな悪事や大きな企みがあっても隣は平然としているという不条理とその現実を書いているのだ。

 

作と映画はだいぶ構成が違うようだ。映画はどうやらパウル・ドルの視点だけで進行するらしい。そしてなんと、小説の大きな要素であるトムゼンとハンナの恋愛が描かれていないことに驚いた。映画と小説は別物として捉えた方がいいのかも。何かのレビューで「この原作をあんなふうに映像化しているのがすごい」と書いてあるのを見たが、どんなふうなのか非常に気になるところ。ちなみに、『オッペンハイマー』は映画館で鑑賞したけれど、私は本のほうが良かった。単純に活字中毒だからかもしれないけど。

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