書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『余命一年、男をかう』吉川トリコ|お金はなんのためにあるのか、自分はなんのために生きるのか

f:id:honzaru:20240606003704j:image

『余命一年、男をかう』吉川トリコ

講談社講談社文庫] 2024.06.08読了

 

撃的なタイトルである。「男をかう」って「買う」ということなのかと最初思ったけれど、もしかしたら「飼う」のかもしれないな。トリッキーな感じでいつもなら読まないタイプの小説だけど、帯をよく見ると「島清恋愛文学賞受賞作」とある。結構この賞の作品っておもしろいんだよね。

 

外にも丁寧に文章を噛み締めながら読んだ。とはいっても元々がすこぶる読みやすいからさくさく進んだのだが。人ごとに思えなかったのは、いま自分がこの主人公唯(ゆい)の年齢に比較的近いこと、そして現実に癌の余命を言い渡された人が近しい間柄の人でいるからだ。

 

く期待していなかったのだが、案外おもしろく読めた。買った男(瀬名)が10歳も歳下のホストだったり、チャラチャラした物言いが一見胡散臭かったりするのだが、これこそ唯と同じ型にはめてしまっているだけであって、ちょっと私自身も反省した。タイトルから想像するような話とは少し違ってなかなか深い。お金って何なのか、自分はなんのために生きるのか、そんなことを立ち止まって考えるきっかけになった。

 

人が生きる意味を探そうとするのは、意味がないとあまりにも人生は退屈でしんどいことの連続だからだ。だからみんなだれかを愛そうとし、生きるに足るなにかを見つけようとするのだろう。家族とか愛とか友情とか信仰とかいった不確かなものでもないよりましだから。なにかに縋らないと生きていけないから。(243頁)

 

が結局いくら貯めたのかその額は明かされていないけれど、何千万円かなんだろうな。調子の良い生山課長や、瀬名の妹でひと言多い嫌味な那智はいるが、心の底から憎いと思える登場人物が出てこないのが吉川トリコさんの人柄が表れているなと感じた。恥ずかしながら、吉川さんという作者のことは今まで知らなかった。他の作品も読んでみたい。