書に耽る猿たち

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『赤い髪の女』オルハン・パムク/父と子の物語、見つめる母

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『赤い髪の女』オルハン・パムク   宮下遼/訳

早川書房  2020.1.9読了  ★

 

の敬愛するオルハン・パムク氏の新作だ。思えば、トルコに興味を持つようになったのも、彼の『僕の違和感』という作品を読んでからだった。街に響き渡るボザ売りの声を生で聴きたいと心から思ったものだ。「ボーーザーーー」

は1980年代、トルコ・イスタンブールが舞台である。父親が失踪して母と2人になり貧しくなったジェムは、お金を稼ぐために井戸掘りの仕事を始める。そこで師匠となるマフムト親方に出会い師弟関係が芽生える。ジェムにとっては、父と子の関係にも思えるほどの愛情と叱咤激励を浴びる。それにしても、井戸を掘る仕事についてこんなに細かく読んだことはない。掘削機がない時代、人力でただひたすら土を掘り、土を地上に出す、という作業を繰り返す。しかも、水が出てくるという保証もないのに。汗水流して働くという本来の仕事の意味を考えさせられる。

んな掘削の日々を過ごしている時、ある移動劇団の赤い髪の女と出逢い魅かれていくジェム。ここから赤い髪の女を巡る物語、言ってみれば赤い髪の女に振り回された物語が幕を開ける。タイトルにもある「赤い髪の女」がキーになるけれど、これは父と子の物語だ。父親と息子、男同士の関係性。

はこの小説は、期待以上に面白かった。パムク氏の他の作品に比べると、ミステリ要素もあるため、どうなるんだろう?と先へ先へと読み進める手が止まらない。なんだか、怖く感じる心理描写もあり、こんなにも落ち着いた文体にも関わらず妙にドキドキする自分がいた。だから、ここでこの本のあらすじには触れたくない。実際に読んでみて欲しい。ストーリーだけでなく、構成や漂っている空気が美しく感じる。

ムク氏の作品らしく、ゆったりとした文体で心地よいのだが、あとは古典文学や絵画が多く登場することも興味深く読めた点だろうか。オイディプス王などのローマ神話も登場する。「人生は神話をなぞるんです!あなたもそう思いませんか?」終盤に女が話すこの言葉が突き刺さる。あぁ、なんか分かる気がする。あの本と同じ展開になってるかも、と感じる時って誰しもあるのではないか。

れにしても、なんと惹きつけられる表紙だろう。この写真の赤い髪の女性が、本を手に取ってと呼んでいるようだ。まさしくこのモデルの女性が映像化されて、私の頭の中にある。