『けものたちは故郷をめざす』安部公房
岩波文庫 2020.5.15読了
安部公房さんの本は多分『砂の女』しか読んだことがないはず。それも20年ほど前だからほとんど覚えていない。この作品は元々絶版になっていたようだが、岩波文庫から復刻版として刊行された。安部さんの初期の作品である。
満州国で育ち両親を亡くした久田久三(きゅうぞう)は、敗戦後、まだ見ぬ故郷(日本)を目指す。よくしてくれた仲間とも離れ、敵か味方かわからない「高」という人物と一緒になり、それぞれの故郷にたどり着くために幾多の困難に立ち向かう。
けものたち、とはよく言ったものだ。過酷な状況下で、食べるものも休むところもなくさまよう人間の様は、さながらけものと同じだ。人間も所詮は動物、生きていくためにはなりふり構わぬ姿となる。
こういう冒険譚のようなものを読むと、ふいに出会った相棒との関係性はたいてい同じであると気付く。どんなにうまが合わない相手でもいつのまにかお互いに理解が深まり、1人よりは一緒の方がいいような気持ちになる。「生きるため」という極限下の状況では、人間だけは孤独を嫌うかのように。そこだけが動物と異なるのかもしれない。
故郷を目指すということは目的地に向かって前進しているということなのに、久三らは逃げているかのように進んでいく。何かに追われているかのように。それは目には見えない自分の過去なのかもしれない。歯切れの良い文体がよりスピーディに物語を進行させる。
昔の文筆家は文章がちゃんとしている。時代の流れとともに言葉や文章も変化するものだから、今が悪いとか劣っているというわけでもないのだけど、比べてしまうとどうも昔の作家の方が優れているように感じてしまう。知性なのか語彙の豊富さなのか、きちんとした文章に見えてしまうのだ。