書に耽る猿たち

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『ベルリン3部作』クラウス・コルドン|より良い世界に変えていくために

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『ベルリン3部作』クラウス・コルドン 酒寄進一/訳

岩波少年文庫 2021.12.3読了

 

っと読みたかったコルドンさんの『ベルリン3部作』を読んだ。これは児童文学のカテゴリーで岩波少年文庫から刊行されている。侮ることなかれ、名作の多い岩波少年文庫、やはり素晴らしい作品だった。さすがに児童文学を常にチェックしてるわけではなく、この本を知ったのはmatushinoさんのブログを見て。

jidobungaku.hatenablog.com

童文学とは言え、これを理解できる子どもはなかなかだと思う。もはや、大人こそ読むべき小説ではないかと思った。多感な中学生がこれを読んだら影響を受けてドイツに行きたくなるだろうし、政治について関心を持つこと間違いない。

 

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『ベルリン 1919 赤い水兵』上下

 

ベルリンの貧民街、アッカー通りに住む13歳のヘレが主人公である。第一次世界大戦後のドイツ帝国崩壊と赤い水平を中心とした武装蜂起による革命が、ヘレの目線を通して描かれる。

第一次世界大戦が終わり、負傷したヘレの父親が帰ってくるところから物語は幕を開ける。ドイツの政党のことはナチス政権(2部で登場する)くらいしか理解していなかったが、この1919はその前の話。こんなふうに政党派閥があったとは知らなかった。ドイツ人にとっても「失われた冬」と呼ばれた時代のようだ。

ひもじくない(お腹をすかせていない)状態がないとはどういうことなのか。絶えず空腹をおぼえる人たちの暮らしは、私たちには想像できないけれど、こういう人は今でも世界で存在するのだ。

ヘレは妹のマルタ、ハンスぼうやの面倒をよくみて、とても優しい。ただ長男だからではないだろう。貧しい家庭の兄弟こそ、絆が強い気がしてならない。

水兵に憧れるヘレの友達フリッツや親友エデなど少年期の友情も描かれている。水兵と聞くと、未だに「水兵リーベ僕の船…」が頭に浮かぶ。元素記号の暗記歌を考えた人、ここまで浸透するとは思わなかっただろうな。

 

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『ベルリン 1933 壁を背にして』上下 ★

 

第一部1919でヘレの弟でまだ赤ちゃんだったハンスぼうやが、ここでは15歳になっている。やっと決まった工場への就職。職場では支持する政党が違うだけで暴力を持ってやりこめられる。怯えながら、それでも果敢に生きていくハンス。初恋のミーツェとの恋模様もあり、青春を懐かしくも感じられる。

兄のヘレが話した「世界をよくしようとする人間はみんな、善人だと思っていた。とんでもない勘違いさ」、ビュートウ夫人の「信じるものを乗り換えるのはむずかしいことじゃないわ」という言葉がとても印象に残った。

いわゆるヒトラー率いるナチ党の独裁体制が始まる前夜の息詰まる民衆の物語だ。この第二部が小説としては生き生きとして躍動感がありとてもおもしろかった。ヒトラー自身は登場しないが、ハンスたちのような貧民層からみえる景色が描かれている。なるほど、『ベルリン 1933』は「銀の石筆賞」というオランダの権威ある児童文学賞を受賞しているのも頷ける。

 

 

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『ベルリン 1945 はじめての春』上下

 

第二次世界大戦真っ最中、ベルリンの街にも空襲が起きている。民衆は地下の防空壕に潜り込む。今までも暴動は起きていたけれど、戦争となると話が全く異なる。最後の第三部は、ヘレの娘であるエンネの視点で物語が語られる。

エンネは実の両親を知らずに祖父母のことを父母と思い過ごしてきた。いつしか本当の父母が別にいることを知ってからは祖父母のことを「おじいパ」「おばあマ」と呼ぶようになる。家族の過去について徐々に知ることになるエンネの複雑な感情が豊かに描かれていた。

空襲警報が突如鳴り出す。何をしていても、どこにいても警報が聞こえるとみな地下に逃げ込む。心休まる時がないなんて、生きていることが苦しい。12年続いたナチスによる独裁政権は、ついにソ連への降伏宣言をして終戦を迎える。後半からはようやく希望の芽が現れる。

ハンスからの手紙に、エンネについてこう書いてあった。「きみが一番年下なんだから、きみの中でぼくは一番長生きができる」人は死んでも、誰かの心の中ではずっと生き続けるんだよな。「恐怖感が最高潮に達すると、すぐにすっと引いていく。耐えられる限界までしか感じられないということらしい」という部分を読んで、私自身、耐えられる苦しみしか経験してないのは、本物の苦しさとはと言えないのかもしれないと思った。

 

◆◆◆

代記であるから、あの場面がこういうことだったのか、こんな風につながるのかと最後は感動的だった。現実でも時間が人の心を変えるように、憎かった登場人物なのに時を超えると不思議と理解できるようになる。彼らと共に激動の30年を生きたからだろうか。

り返すが、児童文学ではあるが子供だけでなく大人でも楽しめる作品だ。子供にとってはヘレやハンス、エンネの目線で、そして大人にとってはヘレの両親、大人になったヘレや革命を起こす立場になって考えられる。大人向けに書かれていたら難しくて途中で投げ出す人もいるだろうし、語り手が10代なのが読みやすい。酒寄さんの訳もわかりやすくとても良かった。

科書で、そして授業で習った歴史はピンとこないが、こうして物語になることで夢中になれ歴史を肌で感じることができる。日本では政治について高らかに話すことはご法度のような風潮があるが、本当はみんなで声を上げて話し合わなくてはいけないんだと思う。より良い社会に変えていくために大切なことだ。