書に耽る猿たち

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『ミドルマーチ』ジョージ・エリオット|結婚がもたらす絆のかたち

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『ミドルマーチ』1〜4 ジョージ・エリオット 廣野由美子/訳 ★★★

光文社文庫 2021.6.24読了

 

いに読み終えてしまった。いつまでもこの小説に浸りたい、読み終えるのが惜しいという感覚をひさびさに味わえた至福の読書時間だった。期待を裏切ることのない英国古典文学の名作。すばらしく良かった。大好きなトルストイ著『戦争と平和』に勝るとも劣らないほどで、大切な作品となった。

性作家の地位がまだまだ低かった19世紀のイギリスで、メアリ・アン・エヴァンズさんは男性名ジョージ・エリオットの名でこの作品を世に送り出した。タイトルの「ミドルマーチ」とはイギリスの架空の街の名前である。副題が「 地方生活の研究」とあるように、特定の誰かが主人公というよりも、この街に住む人物が、その街そのものが、ひいてはどこかに住む誰か(読者も含めて)が主役である。

明で献身的な精神を持つドロシアの物語と、エネルギーに満ち溢れた医師リドゲイトの物語が軸となっている。地主・判事であるブルックを伯父に持つドロシアは、若く将来を渇望された男性よりも、思慮深い学者で30歳近くも歳の離れたカソーボンと結婚する。地方からミドルマーチにやってきた医師リドゲイトは、街で1番の美貌と音楽の才能に恵まれたロザモンドと結婚する。

れら2組のカップルの話が同時並行で進み、徐々に交差していく。他にもたくさんの登場人物がミドルマーチを軸にして多彩な人間模様を形成する。応援したくなる人物もいれば、憎たらしい振る舞いをする人物もいる。それぞれの人物に思いを馳せながら読み込むことができる。中でも作中では忌み嫌われているカソーボンだが、ある程度の歳を重ねた読者であれば、カソーボン的生き方もある意味理解できるだろう。

族をつくること、その第一歩となる「結婚」というものをテーマにした作品だ。結婚がもたらす「絆」は、些細なことがきっかけで良い方向にも悪い方向にも転じる。描かれているのは、恋愛だけではない。家族愛、信仰、政治、遺産相続、死、賭博、ミステリーなどあらゆるものが詰まったこの作品は、ストーリーだけとっても抜群におもしろい。そして、人間の心理描写が優れていることったらない。細やかな心の動き、それに伴う身体的動作や表情、「こうしていたらどうなったか」など自分の行動に対する後悔や分析をこんなにも文章で示してくる作品は他にはない。  

間の内面の奥深い部分は「他人からどう思われているか」に振り回されているのだと改めて思った。結局、人の目を気にしてしまう人間の性(さが)。これが生きていく上で余計な心配や苦悩になるのだが、それを克服してはじめて豊かな心や幸福感が生まれるのだと思う。

を信じること、これが私たちが生きていく上でとても大切なことであると感じた。大袈裟かもしれないが、自分が信じられる人、そして信じてくれている人がいれば、それだけで生きていける。

の作品には「語り手」が時折り登場する。登場人物になりきったり第三者(作者自身?)になったり。辛辣な意見や同情を、道徳的な観念を、そして人間の真理を述べる。これがまたおもしろい。トルストイ氏や、現代作家だとマリオ・バルガス=リョサさんの小説によくあるように。

庫本1冊ごと全ての終わりに、訳者廣野由美子さんによる「読書ガイド」なるものがついている。この作品の背景や読み方がわかりやすく書かれており、良い道標となる。作者ジョージ・エリオットさんの生涯も非常に興味深い。

リュームがあるが読みやすいのは廣野さんの訳がとても優れており心地良いリズムだからだろう。光文社古典新訳文庫を久しぶりに読んだが、栞に登場人物が書かれているのがとても良い。訳者を変えて2回読んだ『戦争と平和』が同文庫から新訳で刊行されたから読んでみようかしら。

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中で語り手が述べているように「人はいかにして理想を追求するべきかという問題ではなく、人はいかに挫折を経て理想から遠ざかり、現実と折り合いをつけていくか」がこの小説ではじわじわと記されている。この文章だけ読んだら、人生とは夢も希望もないものだ、なんて誤解してしまうかもしれないが、作品を読み通したら意味がわかるはずだ。是非多くの人に読んで欲しい。