書に耽る猿たち

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『しろがねの葉』千早茜|何を光として生きていくのか|銀世界を肌で感じ取る

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『しろがねの葉』千早茜 ★★

新潮社 2023.2.4読了

 

早茜さんの小説は過去に1冊だけ読んだことがある。女性ならではの細やかな表現が際立ち、何よりもとても読みやすかった。しかし他の作品をなかなか手にする機会がなく。今回読んだのは、ずばり直木賞受賞作だから。これに尽きる。直木賞という単語の威力は凄まじい。

はこれ大河小説なのだ。千早さんが書くイメージは全くなかったから驚いた。となると小川哲著『地図と拳』も歴史ものだったから、今回の直木賞は両作とも歴史ものになる。最近の傾向として、直木賞は大河・歴史ものが多い気がする。選考委員の顔ぶれを見てもなんとなく納得。

 

ヶ原の戦いが出てくるので、時は戦国末期から江戸時代にかけての頃。ちょうど徳川家康の政権か。今年の大河ドラマ『どうする家康』を観るかどうするかまだ迷うところ…。初回はどうかなと思ったけど、前回は意外と観られたし。戦国末期とはいえ、この作品には合戦やら武将やらが出てくるわけではなく、島根県にある石見(いわみ)銀山を舞台にした作品だ。坑道で働く男たちとそれに尽くす女たちの、銀山の魔力とその魅力に翻弄された人間たちの物語である。

見銀山は世界遺産に登録されているようだ。なんと最盛期には世界の三分の一の量の銀をここで産出したらしい。もちろん今は閉山しているが一度訪れてみたいなぁ。銀山温泉には行ったことがあるんだけれど、あれは名前が同じなだけで全く違うし…。

 

さな頃から夜目が利き暗がりを好む子だったウメは、夜逃げをした日に両親と離れ離れになってしまう。山を彷徨い続けていると、天才山師である喜兵衛(きへい)に助けられ一緒に暮らすことになる。ここからウメの運命が大きく動いていく。

「おなごとおのこは違う」、これがわかっていてもウメは喜兵衛のように、間歩(まぶ)に入り銀を見つけたい、山師になり1人でも生きていきたい、そう強く願う。それでも成長するにつれて女である性を認めざるを得ない。

堀になった男は長く生きられない。女だけが生きていくしかないのである。ウメと関わった人間らが確かに生きていたという証を胸に、ウメは光をみつけて強く生きる。人間が生きることの意味、何を光とするのかを深く考えさせられた。

 

前読んだ千早さんの作品と比べるとタッチが全然異なるので、知らなければ同じ人物が書いたとは気付かない。私としては断然こっちのほうが好きだ。新境地とあるけど、千早さん自身も一念発起して臨んだのだろうし、それで直木賞受賞という快挙になったんだから嬉しさもひとしおだろう。起伏があまりなく(多少はあるけれど何故か高揚したりはしない)落ち着いた筆致で読み進められ、それがとても心地よい。

 

直なところ読んでいて、誰がああなるとか展開はこうだなとか大体のストーリーは想像できてしまう。しかしこの小説はストーリーを楽しむというよりも、この銀世界における間歩の匂いと、静謐さに漂う音、澄んだ空気を文章から感じることが素晴らしい読書体験となる。

 

メの逞しさと生きる力が深く胸を打つ。喜兵衛や隼人、おとめ、龍などの登場人物もまた魅力的である。なかでも喜兵衛に支えるヨキに私は強く惹かれた。また、島根の方言が柔らかく重みがあり、作品の良さを高めている。「嬉しいのう」という一言ですら、嬉しさがだだもれているかのように溢れている。ひたひたと静かな感動が押し寄せる、直木賞受賞も納得の作品だった。

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