書に耽る猿たち

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『ウォーターダンサー』タナハシ・コーツ|未だなお続く差別問題

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『ウォーターダンサー』タナハシ・コーツ 上岡伸雄/訳

新潮クレスト・ブックス 2021.10.31読了

 

しい装丁である。そしてタイトルもまた美しい。だけど、この美しい本の中に書かれているのは、自由を奪われたアメリカ南部の奴隷制度のことだ。現代でもなお社会問題として切り離せない人種差別をテーマとした心をえぐるストーリーだ。

人で農園主の父と黒人奴隷の母を親に持つハイラムは、兄メイナードに仕える者として暮らす。ハイラムには、物事を絵画のように記憶できるという特殊な能力があり、それを見込まれて教育を受けることになる。

隷の逃亡を助けるネットワーク「地下鉄道」の話であることは知っていたが、ストーリーがどう繋がっていくのか初めは全く予想がつかなかった。途中、同じ作品を読んでいるのか不思議に感じてしまうほど。何世代にも渡る奴隷の苦しい物語が語られているが、そんな中でもハイラム達は幸せを見つけようと前向きに希望を見出そうとする。

たち日本人にとって、奴隷制度はなかなか想像出来ない。上級市民、下級白人、黒人奴隷という階層がいる中で、奴隷がどのように扱われるのか。生活をするに当たり、奴隷がいないと上級市民たちは何もできないということにハイラムが気付く場面がある。それでもなすすべがない現実に胸が痛くなる。

も素晴らしい。2作前に読んだ『ワインズバーグ、オハイオ』と同じ上岡伸雄さんだった。でも、受ける雰囲気は全然違う。原文である英語の文体が人により全く異なるのだろうが、文体の特徴をそのまま訳せる訳者さんには頭が下がる。

ナハシ・コーツさんは日系の方だと思っていたら、アフリカ系アメリカ人であった。確かに日本の「棚橋」だとしたら(勝手に思い違いをしていた)、コーツ・タナハシになって後ろに来るはずだもんな。タナハシは古代アフリカの王国を表すエジプト語からきているらしい。

ャーナリストでもあるコーツさんは、2015年『世界と僕のあいだに 』で全米図書賞を受賞したそうだ。アメリカの人種問題と戦う作家である。小説はなんとこの『ウォーターダンサー』が初めてだということだが、その完成度の高さに驚く。ブラット・ピット主演で映画化も決まっている。小説は結構難しいので、映像で観てみたい。

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