書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『プロット・アゲンスト・アメリカ』フィリップ・ロス|子どもの目線で迫り来る恐怖、崩れゆく家庭がリアルに描かれる

f:id:honzaru:20240428004819j:image

『プロット・アゲンスト・アメリカ』フィリップ・ロス 柴田元幸/訳  ★

集英社集英社文庫] 2024.05.01

 

ィリップ・ロスの作品は『素晴らしきアメリカ野球』か『グッバイ、コロンバス』を読みたいと前々から思っていた。先日書店に行ったらちょうどこの本が文庫化されていた。単行本しかなくてなかなか手に入らなそうだったから嬉しい。しかも訳が柴田元幸さん。

 

メリカ国家が聞こえてきそうだ。というか読んでいる間、私の頭の中には流れていた。この小説は、「もしもアメリカ大統領が反ユダヤ主義リンドバーグだったら」という前提で書かれた歴史改変小説となっている。アメリカの近代史をたどりながら、まるでノンフィクションのように。

 

ィリップたち家族が、首都ワシントンを旅行する章が生き生きと描かれている。ナチスの元に仕えるリンドバーグが大統領になったせいで、予約していたホテルでひどい扱いを受けたときの父親の振る舞いには勇気をもらえる。また、フィリップが悪ガキのアールとつるんで、親のお金を盗み、人を尾行するという遊びをしている時の緊張感と興奮がまざまざと思い浮かぶ。

 

なじみウィッシュナウの家で、トイレに閉じ込められたこと。鍵を開けるためのちょっとした工夫が子どもの頃にはどうしても出来ず、狭い空間にひとりぼっちになり、汗もぐっしょりでパニックになる。こういう泣きたくなるような経験は誰にでもある。大人であればどうってことのない、ちょっと考えれば解決の糸口が見つかるもの。こういう子ども心に恐ろしい経験を丹念に描くのがものすごく上手いのだ。誰もが子どもの頃にタイムスリップする。

 

の小説が素晴らしいのは、アメリカの政治的世界の移り変わりが、子どもであるフィリップの目線で綴られることだ。迫り来る恐怖、崩れゆく家庭がリアルで、まるで我が事のように思える。こんなにも魅了される作品だとは思っていなかった。

 

中でフィリップが母親を見て感じた部分がとても印象深かった。読んだ後続け様に3〜4度読み直した。すごく大事なことを言っているように感じたのだ。そのまま引用する。

この上ない苦悩と混乱に打ちのめされた母を見守る(そして自分自身も恐怖におののく)子供にとって、これは要するに、人は何か正しいことをすればかならず何か間違ったことをやってしまうのだという発見にほかならなかった。実際、その間違ったことは下手をすればものすごく間違っているから、混沌が支配し、すべてが危険にさらされている現状にあっては、手をこまねいて何もしないのが一番のようにも思える。とはいえ、何もしないということもやはり何かをすることである…いまの事態にあっては、何もしないということはものすごく多くをすることなのだ。(500頁)

 

イトルの意味するところがいまいちわからなかった。しかし物語も終盤になり、ある人物の演説で「アメリカに対する陰謀」という言葉が出てきて、そこに「プロット・アゲンスト・アメリカ」とルビが振られていた。

 

田元幸さんの解説では、ロス作品のこと、本作のことが非常にわかりやすく書かれていた。「解説」は、読者の読み方、感じ方に大いなる影響を及ぼすことがあるため賛否両論あるが、私は作家が故人である場合と外国人作家であれば解説をかなり助けとしている。フィリップ・ロスの作品をもっと読みたい!

 

トラー率いるナチスが本作の重要な要素となっており、また高官ハインリヒも登場することから、ローラン・ビネの小説を連想した。思えばこれも歴史改変小説だ。

honzaru.hatenablog.com