書に耽る猿たち

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『ネイティヴ・サン アメリカの息子』リチャード・ライト|生きているという感覚、わかりあいたいという願い

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ネイティヴ・サン アメリカの息子』リチャード・ライト 上岡伸雄/訳 ★★★

新潮社[新潮文庫] 2023.1.3読了

 

年早々、とんでもない小説を読んでしまった。この作品は『アメリカの息子』というタイトルで早川文庫から刊行されていたが、絶版のため手に入れるのが困難とされていた。twitterでこの作品に対するコメントを何度か読んでめちゃめちゃ気になっていた。これがなんと新潮文庫で新訳で刊行されるとは!嬉しすぎて早速読み耽った。

メリカのスラム街の日常場面からもう刺激的である。日本人でいると、白人だとか黒人だとかの人種差別が自分とは遠いことでなかなか想像しにくい。黒人というだけで銃乱射されるアメリカの事件が報道されるたびに漠然とした恐怖を覚え、差別問題は人々の心の中に現代もなお続いているのだと感じる。私がこのような差別問題を詳細に意識の中に呼び起こすのは文学からである。

フリカ系アメリカ人で貧しい生活を送る黒人青年ビッガーは、白人の大富豪宅で運転手として雇われることになった。そこで偶発的に娘のメアリーを殺してしまう。ここからビッガーの逃走劇が始まり彼の運命が大きく変わっていく。

 

(以下、物語の内容に多少触れるのでご注意ください。でも、小説を読む前に内容を知っても作品の良さが損なわれることがないと確信しています。)

 

の小説は大きく三部にわかれている。殺人に至るまでが書かれる「恐怖」、逃走と警察による追跡が書かれる「逃亡」、そして最後が彼に審判をくだす裁判シーンの「運命」である。サスペンスフルな展開に目が離せなくなり、最初から最後までずっとおもしろかった。雰囲気としてはトルーマン・カポーティ著『冷血』に近いかも。

 

アリーを殺してしまう場面では、息詰まる緊張感にハラハラした。ビッガーの殺人に至る心理が細かく描写されており、人間の極限状態を考えてしまった。恐怖をあおるのは、メアリーの母親の存在も大きい。目が見えない彼女はまるで幽霊のようで、視覚がないからこそ気配を感じやすい。だからビッガ―も怯える。 

方で、殺人を犯した翌日に見る景色がこんなにも変わるとは。家族は目が見えていない(物理的にではなく真実を見ていない)し、友人に対する優越感も高まり、ビッガーに新しい感情が生まれる。恐怖心がなくなり意識が高まる様、これは後に明かされるが、ビッガーが生まれて初めて感じる「生きている」感覚なのだった。

 

ッガーが捕らわれた後、面会にきたジャンの突飛な言葉に私も驚いた。自分に罪をなすりつけようとされたのに、怒りこそすれ、ジャンは救いの手を差し伸べようとするのだ。そして共産主義者である弁護士マックスを紹介する。

 

ッガーは自分がどう殺したのかを言わないのは、話したくないからではない。話すには、自分の全人生を説明しないといけなくなるからであった。殺人を犯す前から既に有罪だと感じるこの心情に、胸が潰されそうになった。

罪を認めるのと同時に、人生にずっと付きまとっていた憎悪がどのようなものか示せると思えたなら、彼は喜んで罪を認めただろう。その深い、息を詰まらせるほどの憎悪は、抱きたくて抱いたものではなく、抱かずにいられなかったものだ。どうやってそれを示せるだろう?語ろうとする衝動は、殺そうという切羽つまった思いと同じくらい深かった。(555頁)

ッガーがこうなってしまったのは、彼自身のせいだけではない。黒人であるがためにそうさせた社会が悪い。つまり、育ちや貧困、それに伴い教育をきちんと受けられないことやマスコミによる庶民への洗脳。弁護士マックスはそれを盾にして戦い続ける。彼の弁論シーンは胸を打つ。明らかにビッガーの行為は残虐で恐ろしい。捕まらなくては、死刑にしなくては、犠牲者が増えるだけだとわかっているのに、心のどこかでは逃げてほしいと、復讐してほしいと、生きていてほしいと思う自分がいる。

ストシーンでは自然と涙が止まらなくなった。自分の伝えたいことをうまくマックスに伝えられないビッガーに手を差し伸べたくなる。悔しいのと、苦しいのと、恐ろしさと、悲しみと、もういろんな感情がごちゃまぜになってしまった。

んなにも人の心を強くゆさぶる作品が長く絶版状態にあったとは、本当に不思議である。読んでしばらくは放心状態になった。新年明けて初めての読了本がこの作品になり、今年も素晴らしい読書体験ができそうだとおのずと期待が高まる。こんな小さなもの(文庫本)からこんなにも大きな感動が生まれるとは、文学の力は凄まじいと改めて感じた。早くも今年のベスト10にランキング入りする予感だ。