書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『夜が明ける』西加奈子|「助けてください」と言える、言わせる社会に

f:id:honzaru:20211026074538j:image

『夜が明ける』西加奈子 ★★

新潮社 2021.10.28読了

 

倒的なパワーがある。西さんの文章は誰でも読みやすくてすらすら頁が進むのに、魂がこもっていて重たい。この小説の主人公とその友人がたどる道は正直つらい。読んでいて結構苦しかったのだけれど、最後は心が洗われて少しの希望が生まれる。この作品、何かの文学賞を取るんじゃないかと思う。

西加奈子さんは、思春期の男子の心情を描くのが本当に上手い。言葉遣い、男同士の友情、性への目覚め。そもそもこんな過酷な生活環境で育ったわけけではないのに、どうしてこんな気持ちがわかるのだろう?どうしてこんなにリアルで、まるで現実に起きているかのように感じるのだろう。

校生の時に、主人公で語り手の「俺」は、アキ(深沢暁)と出会い親友になる。かつてフィンランドに存在した映画俳優アキ・マケライネンに似た彼。アキの人生を大きく変えた「俺」と、大切な親友「アキ」の30代半ばになるまでが描かれた魂を揺さぶられる物語である。

人になると、家族や仲の良い友人以外では、同じ会社や同じ趣味嗜好を持った仲間と過ごすことが多い。その小さな組織は似通ったものだから、例えば金銭感覚や好きなものが当然だが一致していることが多い。 

も、本来は、年齢も性別も環境も様々な人たちがいる集まりで生きていくのが人間であって、そこで自分と異なるものを持つ相手の何かに気付くことができるのではないか。人の痛みや気持ちを汲もうと、寄り添おうと思えるのではないか。同じ分類の狭いカテゴリの中にいてはたぶん気付かない。

西加奈子さんの作品はかなり読んでいるが、最高におもしろかったのが『サラバ!』だ。直木賞本屋大賞を同時受賞しているのはやはり伊達じゃない。読書をあまりしない人に「何の本がいいかな?」と聞かれたら、私は迷わず『サラバ!』をすすめている。どんな人でも楽しく夢中になれると思うから。

5年前に刊行された『ℹ︎』は、期待していたほどではなかった。『サラバ!』の大いなる山を早いうちに築きあげてしまったことで、超える作品を!と気負って苦しかった時期もあったろう。ここ数年新刊が出ないと思っていたら、この『夜が明ける』という大作を執筆していたんだ。作家って本当に苦しいだろうなぁ。楽しく書いている人なんてほんのひと握りだと思う。

独な執筆作業を乗り越えて上梓したこの作品は圧巻だった。西さんの代表作のひとつになると思う。「幼児虐待」「貧困」「格差社会」「親ガチャ」「超過勤務」、このようなワードが飛び交う現代だからこそ読まれるべき作品だ。苦しい時、困った時に、「助けてください」と言える、そして言わせる社会にしなくてはいけない。そして、当たり前のように人に寄り添える人間でありたい。

ャケットを飾る装画は、西さん自ら描いたものだ。顔の下半分だけであるがこれはアキだ。いつもながらに西さんは才能に満ちているなぁ。迫力がある色遣いとタッチにも魂がこもっている。

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com