書に耽る猿たち

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『変身』フランツ・カフカ|読みながら別のことを考える

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『変身』フランツ・カフカ 川島隆/訳

角川書店[角川文庫] 2022.3.4読了

 

う20年以上前に読んだはずなのに、目覚めたら自分が虫になっていたという冒頭のシーンが強烈でその後どうなったかをすっかり忘れていた。ひょっとすると全部読んでいなかったのかもしれない。

けら(この新訳ではあえて虫けらとなっている)になっていたグレゴール・ザムザは普通のサラリーマン。どうしてこんなことになったのか全くわからないし明かされもしない。グレゴールは変わらず必死に生き家族とわかり合おうとするのに、無情にも叶わない不条理な物語である。カフカといえば、不条理。

になってしまったのに会社に行こうとするなんて、家族も普通に生活しているなんて、よくよく考えたらおかしいのだが、この小説はストーリーを追いながら、自身が何か別のことを考えてしまう作品だと思う。好きなミュージシャンのライブに行って、音楽を聴きながらも自分の生き方を考えてしまうような。これ、わかるだろうか?

族が、または自分にとって大切な人が虫になったらどうするだろう。物理的な問題はさておいて、多くの人間にとって嫌悪感のある(少年や昆虫博士には申し訳ないけれど)虫に対し、今までと同じように接することができるだろうか。普通は無理だと思う。だから、グレゴールの家族の行動や気持ちは当然である。ただ、家族なのにそうなってしまうことにこの作品の怖さがあると感じる。

頭部分が有名であるが、私は作品の幕切れが心に残った。こんな風に終わるのかと。文章や結末というよりも、言い回しとこの体言止めのせいかも。他の文章とはひときわ違う印象を受け、その瞬間世界が止まったように見える。

い本ではあるが、なんと訳者の川島さんの解説が約70頁もある。私は今までカフカを愛読していたわけではないからほとんど彼のことを知らなかったので、カフカの生い立ちから始まり、時代背景や思想、取り巻く人々との関係などとても興味深く読めた。機会があれば他の作品も読んでみよう。