『食卓のない家』円地文子 ★
中央公論新社[中公文庫] 2022.3.2読了
あさま山荘事件からちょうど50年なのか。この本を読み始めた夜、たまたまテレビの報道番組で映像が流れていたから驚いた。なるほど、だからこの作品が文庫本で装い新たに刊行されたのだ。とても読み応えのある作品だった。
20代前半の頃、旅行で熊野古道を訪れたことがある。紀州と聞いても、訪れる前にはあまり魅力的に感じていなかったのだが、旅をしてみるとその気持ちが大きく変わった。大自然の荘厳な美しさと和歌山住民の人の良さがわかる。和歌山県は、老後に終の住処とする人が多く人気もあるようだ。そんな紀州、那智の滝の場面から始まるこの小説に懐かしさを覚えながら物語世界にスムーズに入っていけた。
タイトルの『食卓のない家』から、バラバラな家族、冷え切った家族の話だろうと想像できる。まさしくそうで、トルストイ著『アンナ・カレーニナ』の冒頭部分の引用も登場する。それも、2回も。
学生運動の果てに八ヶ岳で事件を起こしたグループの1人が鬼童子(きどうじ)乙彦である。乙彦は現在服役中。父親の信之をはじめとし、その家族の崩壊を描いたストーリーである。
青年に達した子供が罪を犯した場合、その親にも責任が生じるのか、というのが主要なテーマとなっている。信之は、成人した子供は別人格であるから一切関与しないという信念を貫く。妻は精神に異常を喫し、娘は婚約が破綻となる。
ほとんどの人が子供の行為に責任を感じてしまうものだろう。信之は持ち前の強靭な強さから周りの反応に屈しない。それでも、子供を守らないというわけではない。深いところで信之は乙彦と繋がっているのだ。家族ってなんだろう。生きていて幸せなことは実は少なくて、苦難をどれだけ一緒に向き合えるかが家族である。一方で、人間は結局は「個」であり人権は尊重されなくてはならないのだと感じた。
この小説が書かれたのは40年以上前だ。確かに昭和の雰囲気漂う古めかしい空気がある。でもそれがかえって心地良い。ゆっくり進む時間の流れが丁寧な文体にマッチしている。妻の姉喜和の毅然たるつましい態度と、歳若くエネルギーに満ち溢れた香苗との対比が見事だ。2人に翻弄されながらも一本筋が通った信之に惚れ惚れする。
実は円地文子さんの作品を読むのはこれが初めてである。源氏物語の訳をされた方というイメージしかなかったが、多くの小説を出し、文化功労者、文化勲章を授与されている。解説の篠田節子さんが最も影響を受けた作家が円地さんとのことで、篠田さんの書く作風に通じるものがあると思う。
連合赤軍の事件をモチーフにした小説といえば、小池真理子さんの『望みは何と訊かれたら』と、桐野夏生さんの『夜の谷を行く』を読んだことがある。どちらも、事件に携わった女性側から描かれた作品であったが、今回の作品は加害者の家族側の物語である。この先、自分に絶対に起こり得ないとは言えない加害者または被害者家族の問題を深く考えさせられた。