書に耽る猿たち

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『ラブイユーズ』バルザック|散りばめられた人生の教訓と重層的な人間模様

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『ラブイユーズ』オノレ・ド・バルザック 國分俊宏/訳 ★

光文社[光文社古典新訳文庫] 2022.12.3読了

 

ルザック著『ゴリオ爺さん』を15年ほど前に読んだ時、実は最後まで読み通せなかった。おもしろさを感じられなかったからなのか、当時はまだ翻訳ものを上手く読みこなせなかったからなのか不明だ。だからバルザックについては苦手意識があった。敬愛するサマセット・モームが天才だと認めたバルザックを私は理解できないのかと、少し残念な気分を常に持っていた。

 

フランス革命直後、ナポレオン帝政から復古王政に至る時代である。この頃のフランスは動きがあってやはりおもしろい。タイトルの『ラブイユーズ』というのはある女性のあだ名である。確かに作中では稀代の悪女でなかなかの個性を放つが、ラブイユーズを中心に物語が進むわけではない。主人公といえるのは、軍人フィリップと画家ジョセフの兄弟だと思う。真のタイトルは「兄弟」もしくは「遺産相続」といったところか。

んとも興味深い(ストーリーというより読んでいる自分の思い入れが変化することに)のが、前半はあんなにひどく最低な男性だと思っていたフィリップが、後半に入ってヒーローめいた存在になるところだ。ジョセフの仇をなんとか打ってくれと思わずにいられない。まぁ、その思いもまた裏切られるのだけれど…。

 

時のパリでは三段階の貧困が存在していたという。一つめがまだ将来に見込みのある人間の貧困、二つめが全てがどうでもよくなった老人達、そして最後は下層庶民の貧困だ。貧困者をこのように見定めて何を判断していたのだろう。

た、臆病さには、心の臆病さと神経の臆病さの2種類があるという。つまり、身体的な臆病さと精神的な臆病さと言えるが、この二つの臆病さが1人の人間の中に集まると、その人間は生涯を通じて役立たずになる。

らに、残念なことに恋愛においては打算による見せかけの愛の方が真実の愛に優る。だからこそ、世のあれほど多くの男が演技に長けた嘘つき女に騙される。このように、なかなか皮肉めいた言い回しで読者に語りかけるバルザックには、やはり人間の観察力の賜物であるのか名言が多いと言える。

 

む前にはバルザック作品を楽しめるか不安だった気持ちが嘘のように、とても楽しめた。物語世界と人間の様々な感情のせめぎ合いがおもしろく、散りばめられた人生の教訓に頷きながら、重層的な人間模様に虜になった。バルザックが書くものは好みであると思った。導入がくどく蘊蓄もふんだんであるが、好きな人はたまらないだろう。昔読んだ時はどうかしていたのか。もう一度『ゴリオ爺さん』を読もうと思う。

文社が刊行している通常の文庫レーベルはそんなに手にしないが、古典新訳文庫はやはり良い。優れた古典を新しい訳で蘇らせ、名作を末永く残していこうという気概が感じられる。登場人物が印刷されている栞も結構気に入っている(全ての作品ではないが)。