書に耽る猿たち

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『三十光年の星たち』宮本輝|人間としての深さ、強さ、大きさを培う

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『三十光年の星たち』上下 宮本輝

新潮社[新潮文庫] 2022.11.30読了

 

っと古めかしい作品なのかと思っていたが、読んでみるとそうでもなかった。毎日新聞に連載された作品で、単行本になったのは平成23年だ。確かに新聞に連載になるような品行方正さがあり、すらすらと読みやすい作品だった。

に勘当され恋人にも逃げられ、職もなくうだつの上がらない青年坪井仁志(つぼいひとし)は、80万円の借金をすぐには返せないため、金貸しの佐伯平蔵(さえきへいぞう)の仕事を手伝うことになる。毎月僅かながらも長年借金を返済し続けた女性に会いに行くため、運転手として一緒に旅路に出る。

手のことをほとんど知らない2人が遠出するという突拍子もない展開がまぁあり得ない設定なのだけど、読んでいるうちに物語世界に引き込まれてしまい、仁志の今後や、曰くありげな佐伯老人のことが気になって気になって仕方なくなる。

志は、佐伯と仲良くなってから、影響を受ける人に多く出会う。植樹運動に情熱をかける人、スパゲッティソースへこだわりを持つ人、焼き物や染色の職人など、専門的なものにこだわりを持った人々に触れるにつれ、自分の生き方を真摯に考え成長していくのだ。 

世の中のありとあらゆる分野において、勝負を決するのは、人間としての深さ、強さ、大きさだ。鍛えられた本物の人物になるには三十年かかる(下巻138頁)

十年後に大きな宝物となって返ってくるものとは何だろう。3年後10年後をみすえて目標を立てるというのはよく聞くけれど、30年後という年月を想像することはあまりない。宮本輝さんは、75歳の読者から「30年後の自分を楽しみにして生きる」と告げられて感激したという。

分の一生で、人生を指南してくれる人に出会えるのもまた奇跡である。仁志でいう佐伯のように。しかし、人生を振り返ってみた時に「あの人は実は自分のために言ってくれたんだな」と思うことが多々ある。当時は気づかなかったその人こそが恩師なのかもしれない。この人だと思える人物にリアルタイムで気付けるかどうかもまた自身の力なのだろう。

もそも『流転の海』という大作を書き上げただけでもとんでもないことなのに、宮本さんは他にも多くの小説を生み出している。読もうとしていた本が書店になくて今回はこの作品を選んだけれど、やはり安定感がある。純粋に物語を気持ちよく読めて優しい気持ちになれる。読後感としては『ドナウの旅人』に近い。

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