書に耽る猿たち

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『緋文字』ナサニエル・ホーソーン|胸に刻まれた緋文字の正体

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『緋文字』ナサニエル・ホーソーン 小川高義/訳

光文社[光文社古典新訳文庫] 2023.9.28読了

 

国では学校の課題図書として読まれるほど、アメリカ文学史のなかでは定番であり名作と言われている。刻まれた文字、過ちを償う、キリスト教などの言葉が並び、ちょっととっつきにくいイメージがあってまだ読めていなかったのだが、名翻訳家小川高義さんの訳が光文社から刊行されていたので読んでみた。ようやく読めたという安堵感。

 

もそも『緋文字』が「ひもんじ」と読むのか「ひもじ」なのかわかっていなかった。どうやらこの本は「ひもんじ」が正解というか、出版物には読み方を確定しなくてはならないから、光文社古典新訳文庫では翻訳界隈で優勢だった「ひもんじ」にしたようだ。

 

の文庫本には訳者による3頁ほどのまえがきが挿入されている。この作品を読むうえで最低限知っておいたほうがいいポイントが簡単に述べられており心の準備ができた。また、本編に入る前にもホーソーンによる「税関」なる長ーい前書きがある。自ら税関に勤めた経験を元に、ある布を発見したことからこの物語は生まれた。

 

に刻まれた緋文字は、肌に彫ってあるわけではなく、なんと縫い取りの記章だったとは!これが一番の驚きだった。それなら身に付けずにいれば良いのに!と思ってしまう…。何故あえてヘスター・プリンは7年間も身に着けていたのか。これがキリスト教の教えなのか。罪を贖うためには背けないのか。かたくなに布をまとうことを守る姿は、今であれば考えにくいことだ。

 

ィムズデール牧師はこのように思う。「罪を犯すのは鉄の神経の持ち主にまかせておけばよい。そういう連中なら、平気で耐え抜くこともできようし、あまりに重苦しいとなったら開き直って捨ておくだろう」(243頁)ヘスターを初めとする登場人物はなに故に贖罪するのか。

 

文字は徐々に元々の意味をなくしていく。緋文字は「尼僧が胸につける十字架」と似たようなものとなり神聖な趣を宿していくのだった。ある人物が成し遂げる姿によって、本来の意味がなくなり形や存在意義を変えてしまうことは多々ある。

 

む前のイメージとは随分違った。もっとサスペンス、ミステリ要素が強いかと思っていたが、これは心理哲学的作品だ。この小説世界は、灰色く霞がかったようなモノクローム。そこに「 A」の文字だけは赤く浮かび上がるイメージ。なんとも不気味で暗く忘れ難い作品だ。ミステリと勘違いしてたのは、エラリー・クイーンの著作にも同じ『緋文字』があるからだった(と、あとがきを読んで気付く)!