書に耽る猿たち

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『銀花の蔵』遠田潤子|醬油蔵を継ぐこと、家族をたぐりよせること

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『銀花の蔵』遠田潤子

新潮社[新潮文庫] 2022.12.4読了

 

外小説が大好きなのに、時々疲れてしまうことがある。おそらく翻訳された文章に気疲れするのだろう。現代は優れた邦訳がとても多く、そのおかげで私たちは素晴らしい世界文学に触れることができるのだけれど、原文を翻訳した文章だと思うだけで、何かの変換モードが働いてしまい、少し頭のどこかを余分に働かせてしまうようだ。既に日本語に変換されているはずなのに。

んなわけで日本人が日本語で書いたもので、すらすら読めるもの、そして出来ればまだ読んだことがない作者のものを、と手に取ったのがこの『銀花の蔵』だ。この作品だは直木賞候補に選出されたこともあり、なるほど、余計な気疲れを微塵も感じさせず、ただただ読む行為に没頭できた。

良にある由緒ある醬油蔵を引き継いだ銀花の過酷な運命が、昭和史とともに繰り広げられていく。銀花は決して幸福な家庭で育ったわけではない。むしろ多くの困難を抱えて生き延びてきた。それなのに、小さな頃から少しもグレることなく我慢強く真摯に生き抜く。父親が残した「食いしん坊の女の子」という絵を見た銀花は号泣する。読んでいて、この場面には涙が潤んだ。

ではない罪は普通の罪よりずっとタチが悪い、という文章を読んで「あぁそうだよな」とすとんと落ちる。極悪犯罪ならばいっそのこと憎しみを持てるのに、どうにもならないことで誤って罪になってしまったら。もちろんその罪は償わなくてはならないのだけれど、本人にとっても周りにとってもこの痛みはどこにもぶつけようのないものだ。

くからの歴史を持つ醬油蔵を盛り立てるというよりも、銀花が「本当の家族」をたぐり寄せる物語だった。それにしても、こんなにも紆余曲折のある人生なんてあるのだとうか。じっくり考える暇もないほど様々な出来事が次々と起こる。遠田さんの作品はある種ミステリー要素もはらんでいるから、映像化したらおもしろくなりそうな気がする。

て、蔵と聞いて思いつくのは酒蔵で、酒蔵といえば宮尾登美子著の小説『蔵』である。蔵元の一人娘、目の見えない烈を巡る感動的な作品だ。解説によると、著者の遠田潤子さんも宮尾さんの『蔵』が好きでそこから着想を得たようである。

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