『ドラキュラ』ブラム・ストーカー 唐戸信嘉/訳 ★
光文社[光文社古典新訳文庫] 2023.11.12読了
ドラキュラって、ちゃんと原作を読んだことないよなぁ…。夜になると人間の血を吸う吸血鬼になること、黒いマントをたなびかせ牙を剥く姿、そしてディズニー映画や怪物くんのイメージしかないかも。そもそも、原作者のブラム・ストーカーの名も初めて知った。
ロンドンのある屋敷の不動産手続きをするために、弁護士ジョナサン・ハーカーは、トランシルヴァニアの城に住むドラキュラ伯爵を訪れる。そこでハーカーは幽閉されてしまう。恐ろしい体験をしたハーカーはどうなるのか。ドラキュラはロンドンに居を移し、壮大な目的のために仲間を増やしていく。
ストーリーもさることながら、文学性も高い。雄大な自然描写や、特に人物の特徴を表す(19世紀には擬似科学の信憑性が高かったらしい)筆致は想像力を掻き立てられる。特にハーカーがドラキュラ伯爵の容貌をじっくり見た時の描写が素晴らしい。注釈に「ここで描写されるドラキュラの顔の特徴は典型的な殺人者のそれである」との説明があって思わず笑みがこぼれる。鼻が高くて額は広く眉は太い、歯は白く尖り青白い顔。顔にこの特徴がある人は犯罪者!だって。
アンデットがこれ以上増えないように、そしてドラキュラの息の根を止めるために(すでに死んでいるからこの表現はおかしいが)、ハーカー夫妻をはじめとした登場人物が奔走する。この物語、医学博士ヴァン・ヘルシングが主役じゃないかと思うほど、活躍しすぎている。なにより医学的な見解が幅を利かせていて怪奇を通り越して知的ですらある。脳の専門家であるヘルシングは、精神医学・心理学のの見地からこのように述べる。
この世には、理解できないが確かに存在するものがある。ある人々には見えていないが、別の人々には見えているものがある。新しいものでも古いものでも、存在しているが見えないものがあるのだ。なぜある人々には見えないか?それは、世界とはこういうものだという前提を鵜呑みにしているからだ。(410頁)
全てが日記や手紙、メモ書き等の構成になっているが、時系列ではない。ある程度まとまっているので読みにくくはない。読み終えてみると、なんと計算されつくした順序で構成されているのだろうと感じる。何より特定の人物が回想したわけではないので、緊迫感、臨場感が生まれ、怪奇世界にずぶずぶとのめり込めるわけだ。
それにしても、こんなにおもしろい小説だったとは!これが古典名作として名高いのも頷ける。「これ、知ってる!」みたいなエピソードがいくつかあったから、きっと小さいころに少し読んだのか、映画やドラマなど映像化されたものを観たのかもしれない。あまりにもドラキュラが有名過ぎるから吸血鬼=ドラキュラ(ドラキュラだけが吸血鬼)と思っている人も多いだろうが、このブラム著『ドラキュラ』の前から「吸血鬼」の存在はあった。ストーカーが影響を受けた吸血鬼文学『カーミラ』を読んでみたいと思った。古典ゴシックロマンといえばやっぱり英国文学だよなぁ。