書に耽る猿たち

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『存在のすべてを』塩田武士|引き摺り込まれる抜群のおもしろさ

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『存在のすべてを』塩田武士 ★

朝日新聞出版 2023.12.21読了

 

の殺風景な表紙が不思議だ。何が表されているのだろう。帯にある久米宏さんの「至高の愛」という言葉も気になる。

 

奈川県で起きた二児同時誘拐事件、この導入から早速引き込まれる。身代金受渡しに伴う警察による追跡劇は息をもつかせぬ緊迫感だ。私は横浜の地に、しかもこの現場周辺に住んでいたことがあるので土地勘があり、なおさら引き摺り込まれた。

 

拐事件に謎を残したまま30年の年月が流れた。当時捜査一課でマルK指導(身代金受渡し時の現金持参人に指示をする立場)を担った中澤の訃報により、中澤が死ぬ間際まで解決に挑んでいたことを知った大日新聞の門田(もんでん)が、事件の謎を追うというミステリーが物語の主軸をなす。

 

み始めるまでは、これほどまでに美術に関連する内容だとは思わなかった。私は肖像画が怖く感じるときがある。写真よりもその人を表しているようで、凄みを増す。まるで、その人自身が生きているかのように感じる。確実に写真よりもその人を表しているのが真の肖像画だ。

 

田の綿密な取材。あちこちに奔走するフットワークの軽さ。プロのブンヤとはこういう人なんだろうなぁと舌を巻く。しかし一昔前と違って今はマスコミは批判の対象になりやすく、思うように取材ができないだろう。昔はなりたい職業の上位はマスコミだったのに、今や影を潜めている。

 

盛期の貫井徳郎さんの作品のような抜群のおもしろさがある!(この言い方だと今の貫井さんに失礼かもしれないけど…。いや、でもこれからまた強烈な作品を書いて欲しいと願うばかりなのだ)

 

田武士さんの作品を読むのは2冊目である。最初に読んだのはグリコ・森永事件を題材にした『罪の声』だ。あれもめちゃくちゃおもしろかったよなぁ。しばらく遠のいていたが、この『存在のすべてを』が評判が良かったので手に取ってみたのだ。登場人物が多すぎるきらいはあるけれど、傑作で、年の瀬に満足の一冊となった。