書に耽る猿たち

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『彼女は頭が悪いから』姫野カオルコ|東大生ならではの弱み

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『彼女は頭が悪いから』姫野カオルコ

文春文庫 2021.4.8読了

 

のタイトルとジャケットだけ見ると、ファンタジー作品だろうかと勘違いしてしまう。単行本が刊行されたときにはあまり気にも留めていなかった。しかし読んでみると、2016年に起きた「東大生集団わいせつ事件」を題材にした、なかなかパンチのある作品だった。東大で話題沸騰!と帯にあるのはそういうことか、と納得する。東大生によく読まれている『思考の整理学』なんかの意味合いとは違ったのだ。

浜の郊外、ごく普通の家でのびのびと生まれ育った美咲と、渋谷の富裕層でエリート家族の家に生まれたつばさ。2人がどのように生き、どのように知り合い、あのような事件が起きたのか、経緯が克明に描かれている。

るで当事者であるかのように、美咲とつばさの心理が括弧付きでリアルに記されている。一方で地の文はルポタージュのようで、どこか俯瞰して見ているような印象である。事件をノベライズしたものではなくフィクションであるから、本当の被害者や加害者のことはわからないが、私たちはマスコミの記事やネットの書き込みを鵜呑みにしてはいけないとまたしても思った。

の題材について、批判を覚悟の上で東京大学の名前を載せてこの小説を書き切った姫野さんは尊敬に値する。先日村上春樹さんが、母校早稲田大学で新入生に祝辞を述べた話の内容にもよくあてはまると思う。〔小説がないと社会は健やかに進まない〕まさしく、これ。

野さんは、事件を知ったとき何か違和感を感じたという。集団わいせつの加害者が東大生だったからこんなにクローズアップされたのではないかと。わいせつそのものではなく、学問では日本のトップにいる東大生が「相手を馬鹿にするという行為」そのものに、何か人間の弱さのようなものを感じたのだろうか。

レビや雑誌を見ているかのように読みやすいのは、普段目にしたり耳にするものが多く溢れているからだ。「LINE」「サンマルクカフェ」「小栗旬」「白石麻衣」「ランコム」など、普通に生活しているだけで目に入る単語が飛び交う。呼吸をしているかのように、とまでは言えないけど、咀嚼をしているくらいの感覚でとても読みやすかった。

後感、いや、読んでいる間もざわざわとした嫌な感じが付き纏っていた。読み終えて心が洗われたり感動する類の小説ではない。正直、後味が悪い。でも、こんな気持ちになる小説も存在するべきなのだと思った。

野カオルコさんの小説はずうっと前に『ハルカ、エイティ』を読んだだけだ。直木賞受賞作の『昭和の犬』は未読である。こうして息長く頑張って書かれていることだけでも尊敬するし、これからも書き続けて欲しい。そういえば、貪るように読んでいた田口ランディさんの小説は最近見ないなぁ。