『慈雨』 柚月裕子
集英社文庫 2019.6.19 読了
慈雨(じう)・・・万物をうるおし育てる雨。また、ひでりつづきのときに降るめぐみの雨。
柚月裕子さんの作品は、よく目にしていたが実際に読むのは初めてであった。刑事もの、ハードボイルドな作風というイメージがあった。これは、定年退職した元刑事神場が過去の事件と向き合うために、妻と一緒に四国遍路を続けていくストーリーである。ミステリー要素はあまり感じられず、「人間愛」「家族愛」をテーマにした作品だと感じた。読んでいて、おおよその展開が想像できるのだが、歯切れのよいスマートな文章で先へ先へと読ませる。女性が描く優しさが随所に感じられた。
柚月さんの文章、構成、登場人物、物語の展開、何をとっても、まるで教科書に出てきそうなお手本のようである。癖がないため、誰にでも読みやすく、読者を選ばない。これが常にヒット作を生み出している要因なのだろう。しかし、ともすれば逆に個性を感じられないとも言える。柚月さんらしさは何なのだろう、他の作品を読んでみたい。
慈雨。めぐみの雨。どちらかというと、しとしとと降り続く梅雨のような雨ではなく、全てを洗い流すような、ザァザァとしたものであろう。雨に打たれたいと思う瞬間は誰にでもあるような気がする。全てがリセットされるような気持ちになるからだ。雨だけではなく、涙でも、汗でも、そして血であろうとも、水分が放出されると一種身が引き締まるように感じるのは私だけであろうか。