文春文庫 2019.6.21読了
大型書店に行くと、たいてい文春文庫の平置き棚の前にベストセラーとして積み上げてある。だから、この本の存在は随分前から知っていて、いつか読みたいとは思っていた。しかし、紀行文・短編であるためか、早く読みたいと、うずうずする気持ちになることはなかった。
星野道夫さんは、冒険家だろうか。海外と自然に魅せられアラスカに移り住み、その地で18年間を過ごす。文筆家でもないのに、とても綺麗で温もりのある文章を書く人だと思った。自然と動物、そして衣食住など人間としての営みを心から大切にしていることがうかがえる。16歳の時に初めて海外に飛び立ち、アメリカに2か月滞在したそうだが、佐藤優さんの『十五の夏』を思い出した。普通ではない何かを成し遂げる人になる兆しは、やはり子供のころからあるのだろう。そして、送りだす親も同じだ。子供が一人で海外に行くと言い出し、賛成してくれる親もなかなかのもの。
その土地のことを知るには、観光地に行くよりも、単に街並みをぼんやり見たりするほうが良い、というのは非常によくわかる。その土地の匂いを嗅ぎたいなら床屋に行くとよいというザルツブルクでの話に、あぁ確かにそうだよなと思った。昔、台湾旅行をした時に、美容院に行ったことがある。台湾のシャンプーは、豪快な泡で髪の毛を逆立てる(トロール人形のように)のが有名で、そもそも観光の定番なのだが、言葉も通じない美容師さんだったけれど、何となく台湾ならではの親しみやすい気さくな雰囲気を感じたのだ。
星野さんは熊に襲われて亡くなったそうだ。もちろん家族や周りの人にとっては計り知れない悲しみがあったと思うが、自然の摂理にならっているんだから、と本人は納得して眠りについたような気がする。解説で池上夏樹さんが、「大事なのは長く生きるかではなく、どうよく生きるか」であると述べていた。星野さんの生きた証、この本を読むと、そういった大事なことに気づかせられる。
うずうずすることはなかった、と冒頭に書いたが、この本はひょんなことから私の手元にやってきた。会社の先輩から、去年のクリスマスプレゼントにいただいた本なのだ。優しい彼女も読書が好きで、私が本好きなことも知っているため、本に関する新聞記事等を見付けると、いつも席まで持ってきてくれる。本をもらうと、嬉しい気持ちになる。どうしてこの本を私に選んでくれたんだろう、と考えることも何となく楽しいような。