『あなたが消えた夜に』中村文則
毎日文庫 2020.4.27読了
久しぶりに中村文則さんの小説を読んだ。全編を通して漂うほの暗い感じは今回も健在のようだ。主人公が刑事であるが、中村さんが警察組織を題材にするのは珍しいような気がする。
連続通り魔達人事件の容疑者「コートの男」を追う中島刑事と小橋女刑事。2人の推理とは裏腹に模倣犯も現れ、次々と起こる殺人、所轄と捜査班とのしがらみのようなものも絡まり、事件の行方は暗雲にたちこめていく。あまり触れるとネタバレになるのでここまで。
中村さんの小説は、犯罪を絡めて、愛や死、信仰をテーマにすることが多く、本作でも同様だ。全部で3章にわかれているのだが、語りのタッチも異なり、犯罪に関わる人も多く登場するため、注意深く読まないとわからなくなってしまう。
ところで…。僕はどうして殺人者になったんだろう?(469頁)
もしかすると、殺人を犯す過程でこんな風に思う人は多いのかもしれない。何故こんなことをしてしまったのか、と。すなわち、誰でもがほんのちょっとしたきっかけで殺人者になり得る。
中村さんは、純文学とミステリを融合した小説だとよく言われる。なかなかそんな書き手はいないし、どんな作品でも狂気と暗闇を絶妙に醸し出す。この感じが好きでハマる人も多いと思う。
けれども、私はやはり中村さんは純文学作家だと思うのだ。どんな謎があるのだろう、どんなトリックでそうなったのだろう、と読み手を翻弄するよりも、犯罪者の心の闇のようなものの捉え方が上手いと思うからだ。謎が明かされず、あの人は結局どうなったのか?というのもたまにある。そういう意味で、今回の作品はちょっとミステリを詰め込み過ぎた感はあるかもしれない。
2人の刑事のやり取りの中に、ホームズやポアロといった探偵の話がよく出てくる。この在宅勤務期間中に、シャーロック・ホームズ全集を読みたいなと思っていたところ。短編を中心に何作かは読んでいるが、実は全てを読んではいない。全作読んでいる方はそんなに多くないのではないだろうか。本当は『バスカヴィル家の犬』を読んでから故ウンベルト・エーコ氏作『薔薇の名前』を読めばもっともっと面白かったんだろうなぁ。 やはり世界の古典的名作は読んでおいたほうが、より理解も深く楽しめるのは間違いない。