書に耽る猿たち

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『花のれん』山崎豊子|商いに賭けた女の一生

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『花のれん』山崎豊子

新潮文庫 2021.5.23読了

 

本興業創設者の女主人(吉本せい)をモデルにして書かれた小説で、山崎豊子さんが直木賞を受賞した作品である。山崎さんの長編はほとんど読んでいるがこの本はまだ未読だった。

阪の天満と言えば、今は飲み屋街だ。立ち飲み屋が軒を連ねる光景は訪れた者を圧倒させるものがある。この地に、吉三郎の元に嫁いできた多加は寄席経営を始める。粋な大阪弁がこの小説にはなくてはならないもので、商人の街「大阪」の空気を存分に感じられた。

女にはいろんな一生の賭け方がある。夫に賭ける女、子供に賭ける女、情夫に賭ける女、二夫に目見えぬ象徴(しるし)の白い喪服を着てしまった多加は、商いに賭けた。(124頁)

沢亭を買い取り、花菱亭と名付けて「花のれん」を掛け、多加の生涯をかけた商いの道は続く。資本を借りるための策、冷やし飴を売ること、玄関で預かる下足広告の工夫、地方からの安来節芸人の呼び寄せ、競争相手の元からの引き抜きなど、商売繁盛のためにとことんなまでに商才を発揮させる。

たちは、通常は舞台そのものに娯楽を見出しそれを演じる人物に注目するが、周りで支える人物たちを忘れてはならない。これはお笑いの世界だけではない。演劇も、歌手も、画家も、主役となって光を浴びる人だけでは成り立たない。多加のように陰から支え財を生み出す縁の下の力持ちが必ずいる。商才を思う存分に発揮させた男勝りな多加であるが、本当は誰よりも女っぽかったのだと思う。

ちろんフィクションではあるけれど、吉本興業がこれに近い経緯で生まれたとは読むまで知らなかった。大阪・新世界の通天閣を吉本が購入していたことも。漫才など2人以上のコンビでやるお笑いが今の吉本のイメージであるが、当時は1人で行う落語がメインだったことも新鮮だった。

はり山崎豊子さん、安定の上手さとおもしろさがある。この作品で1958年に直木賞を受賞しその後も数多くの名作を世に送り出すことになる。実在の人物や物事にスポットをあて、綿密な調査と取材をし、巧みな文章とストーリーテリングによって作品を編み出す力はすでにこの時からあった。既読の作品も含めて、山崎さんの作品を読み返したくなった。