書に耽る猿たち

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『エリザベスの友達』村田喜代子|忘れられない大切なひととき

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『エリザベスの友達』村田喜代子

新潮文庫 2021.11.3読了

 

里(せんり)の母親初音(はつね)さんは97歳、認知症のため施設で暮らしている。千里は週に2回、千里の姉の満洲美は歩行が困難なため千里と一緒に週に1回母親に会いに行く。千里と満州美のそれぞれの視点で現実が語られる。また一方では、初音さんが20歳の頃満州で暮らしていたときの記憶とともに過去に遡る。

知症が悪いところばかりでないのは「認知がある人は死に別れた人たちと夢の中で会うことができる」からだという。元気に100歳まで生きていても、現実で大切な人と会うことはできない。夢のような世界を想い描き幸せに暮らすことができるのなら、ともちろん思うけれど、ここに出てくる高齢者たちはある程度裕福な人たちで、ちゃんとした施設と人に守られているのだ。

知症を患った人とその家族がこんなふうに安心して暮らす人たちばかりではないのに、と最初は思っていた。綺麗な部分だけを取り上げているのだと。しかし途中からはそんな思いがどこかに飛んでしまい、穏やかで優しいこのほのぼのとした空気に馴染んでいき心が洗われていった。

分の母親のことを「初音さん」とさんづけで呼ぶ姉妹、そして歳の離れた千里が姉を「お姉さん」と育ちが良かったろうなと思う呼び方をし、姉の今後を気遣う姿にあたたかい気持ちになれる。

知症になった人が心の中で(夢の中で)思い出す自分の過去が「忘れられない幸せなひととき」なのであれば、両親をはじめ自分にとって大切な人が実際にそうなったときに色々と聞いてみたいと思った。もしかすると、本当なら口にしなかった真実の想いが聞けるのかもしれない。

田喜代子さんの作品はだいぶ前に『ゆうじょこう』という遊郭に身売りされた女性が主人公の小説を読んで、結構おもしろかった記憶がある。女性の複雑な心模様やたくましい生き方を優しいタッチで表現するのがとても上手い。