書に耽る猿たち

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『シャギー・ベイン』ダグラス・スチュアート|辛く苦しいのに美しい物語

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『シャギー・ベイン』ダグラス・スチュアート 黒原敏行/訳

早川書房 2022.6.2読了

 

イトルのシャギー・ベインとは主人公の男の子の名前である。スコットランドグラスゴーを舞台とした、シャギーが5歳から16歳になるまでを母親アグネスとの関係を中心に描かれた物語である。

むのが苦しくなるような辛い物語だった。アルコール依存性とはこんなにも救いがないのか。薬物と同じで絶つことは相当に困難なのだろうか。かなり詳細な生活描写でこのボリュームなのに希望の光がほとんど見えない。それなのに、なぜか美しく気高い。静謐な美しさがここにはある。

貌のアグネスは前夫との間に娘キャサリン、息子リーク産んだ。そして再婚したシャグとの間にシャギーを産んだ。しかし、シャグの浮気と暴力が原因で極度のアルコール依存症に陥ってしまう。身体も心もボロボロ、家庭も崩壊。常に男は絶えないアグネスだがいつも堂々巡りになる。それでもシャギーは母親のために精一杯尽くす。

たすらに入れ歯を取り外す場面が多かった。どうして差し歯ではないのだろう。アグネスもリークも毎日入れ歯のことを気にする。シャギーはアグネスの入れ歯を何度も外してそっと置く。こういう強烈なイメージが作品とともに残るものだ。タクシー運転手のイメージもそう。

さい頃は、良いことをしていたらいつか必ず幸せになれる、悪いことをしたらどこかでしっぺ返しを喰らう、どんな人の人生もうまい具合に収まると思っていた。しかし、大人になるにつれてそうじゃないとわかってきた。悪事を働いても不幸にならない人もいるし、どんなに人のために親切にしても何も恩恵を受けない人もいる。あんなに良い人がどうして若くして亡くなるのかと思うこともよくある。

生というのは実はそんなもので、いくら健気に思い続け真に正しい行動をしても報われないものがある。それでも、精神を強く育み心の豊かさを身につければ、かけがえのない人生になる。

子の切っても切れない愛情と、そしてもう一つ、同性愛についての物語でもある。今と違って多様性が受け入れらない状況にあったから、シャギー自身「他の男の子とは何かが違う」と自問しながら成長していく。シャギーの生き方には同情だけでなく尊敬も生まれる。

者のダグラス・スチュアートさんはこの作品でデビューし英国最大の文学賞ブッカー賞を受賞した。30社以上の出版社に持ち込んだのに却下され続けたそうだ。そんなことあるのか?受け取った側はちゃんと読んでいないんだろうな。でも日本で何かの賞を取るということはない作品だと思う。こういうテーマのものは日本では光を浴びない気がする。

カルヴァン・クラインやバナナ・リパブリック、ラルフローレンのデザイナーだったという異色の経歴を持つ著者。そのせいか、彼の書く作品にはシンプルでありながらもさりげないセンスが光るように感じる。