書に耽る猿たち

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『大鞠家殺人事件』芦辺拓|滑稽に語られる大阪船場の物語

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『大鞠家殺人事件』芦辺拓

東京創元社 2022.5.21読了

 

に多くの作品を出しているようなのに初めて名前を知った作家さんだ。この作品で日本推理作家協会賞を受賞されたと知り、思わず衝動買いしてしまった。わかりやすくベタなタイトルに意外とオーソドックスでいいのかもと思い、そして大鞠(おおまり)という名前からおどろおどしさを勝手に期待してしまう。

は明治・大正を通り過ぎ、昭和の初めの戦時下、大阪・船場という商人の街が舞台である。いっとき隆盛した「大鞠百薬館」という化粧品店を営む大鞠家で起こる殺人事件。跡取り息子が失踪したという事件が冒頭にあり、それがこの一族の事件を予感させる。

家には、丁稚や手代というような奉公人として住み込みで働く人たちがいた。伊集院静著・サントリー創業者鳥井信治郎のことを描いた『琥珀の夢』を思い出した。粋な大阪弁が小気味よく、当時の文化と風俗が丁寧に描かれており、とても興味深く読めた。

偵小説なのに何かが違うなと感じたのは、噺家(はなしか)が流暢な喋りで語っているようなのだ。起きているのは殺人なのに遠くから俯瞰しているようで、滑稽さもある。連続殺人が起こることも流血さえも怖く感じない。登場人物たちもそんなに恐怖心を抱いていないような。

解きの披露がわちゃわちゃしてしまった感があった。犯人の心理的側面がほとんど描かれていないのが私の好みではなかったが、こういう作品が好きな人はどハマりだろう。探偵小説やミステリーというよりもエンタメ小説に近い。やはり初めて読む作家の本は密かな緊張感と期待感がない混ぜになる独特の感覚がいい。自分だけのこの感覚。

創元社の単行本を買ったのは初めてかもしれない。2段組の構成でボリュームもあるが読みやすくするすると進む。少し残念なのが文字のフォント。創元推理文庫でもたまに見る(最近の新刊ではほとんど見ない)ちょっと丸っこいフォントが、この世界観とずれている気がするのだ。