『かか』宇佐見りん
冒頭からはっとする。この感性はどうしたものだろう。この文体はどこから湧き出るのだろう。女性にしかわからないであろう、金魚と見紛うその正体は大人の女性になったと実感するものである。
読み始めた時は、この言い回しは方言なのか、幼児言葉なのかと訝っていたが、どうやら「かか弁」という造語らしい。わからなくてもなんとなく察することができる境界ギリギリの言葉遣いがこの作品の一つの魅力になっている。「ですます調」と「である調」もごっちゃに使われているのに、何故かこの不統一が新鮮で心憎いほど深く突き刺さる。
浪人生のうーちゃんが、大嫌いで大好きな「かか」の問題について考える。かかとはもちろん母親のこと。うーちゃんは主人公で19歳。うーちゃんが「おまい(おまえ)」と弟のみっくんに語りかける構成になっている。かかはとと(父親)に捨てられ、酒に溺れ自らを傷つけ荒廃してしまう。その一番の原因が自分を産み落としたことだと考えるうーちゃん。
かかが手術のため入院すると同時に、うーちゃんはある目的で和歌山に旅に出る。旅でうーちゃんは信仰を見出せるのか。圧巻の文体のなかに魂がこもっていて、身体の奥深く隅々に訴えかけてくるようだ。母と子の決して切れることのない関係は臍の緒で今でもずっとつながっているかのように一緒だ。最後は何故か涙ぐんでしまった。
単行本の時から表紙のイラストが目立っていたが、作中に「自分のなかの感情をさぐって眉間のあたりに丁寧に集めて、泣くんです。涙より先に声が泣いて、その泣き声を聞いた耳が反応してもらい泣きする(37頁)」という泣き方が表現されている。かかの泣き方。イラストの女性は若いからたぶんうーちゃんだ。でも、かかとうーちゃんは一心同体なのだから、もうどっちでもいい。
第164回芥川賞を受賞した『推し、燃ゆ』で華々しく存在を放った宇佐見りんさんだが、彼女のデビュー作はこの『かか』である。文藝賞と三島由紀夫賞を同時受賞している。一般的に読みやすいのは『推し〜』であるが、私はこの『かか』のほうが好きだし作品としてもより優れていると思う。こうなると、新刊『くるまの娘』も読みたくなる。