書に耽る猿たち

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『ドナウの旅人』宮本輝|旅に出て、自分自身を見つめ直す

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『ドナウの旅人』上下 宮本輝

新潮社[新潮文庫] 2022.10.1読了

 

ナウ河は、ドイツの西南端に源流があり、オーストリアチェコスロヴァキアユーゴスラビアブルガリアルーマニアの7カ国を流れる3,000kmほどの長さのある河である。読み終えた今、私も旅に出たくなった。できれば、行ったことのない国に。できれば、一人で。

 

年退職を迎えた夫がいる50歳になる絹子は、ドナウ河に沿って旅をすると言って、突然家を飛び出した。娘の麻沙子は、追いかけるようにしてかつて5年間住んでいたドイツに向かう。絹子、絹子と一緒に旅をする17歳下の長瀬、娘の麻沙子、そして麻沙子の恋人のシギィの4人は、現実とはかけ離れた二度とはない旅を経験する。

 

沙子の旅の目的は、母親を説得して離婚をやめさせ日本に連れて帰ることだったのに、いつしか旅を通して麻沙子の気持ちが変化していく。それは、かつての恋人シギィとの再会も大きい。7か月の旅が、4人を大きく成長させる。真に考える人間になったようだ。

 

に囲まれた日本では、国境という概念があまりなく、海の向こうに島(外国)があるというイメージだ。しかしヨーロッパではほぼ地続きである。日本での県境のような感覚だろうか。私たちが思うような国境の概念とは多少違うのだろう。

 

「どんなめにあっても、どんな方法を講じても、ひとりの人間の中で絶対に変わらないものは「性格」である。いろんな出来事で、その現れ方が違うだけで性格が根本的に変わることは断じてない」とシギィは言う。確かに、成人した人であればそうだろう。でも、心の持ちようによっては少しは変えることができるんじゃないかと今までの私は思っていた。しかしもしかしたら性格の現れ方が違うか、捉える側の心理が変わるだけなのかもしれない、とこの小説を読んで思い直した。

 

ナウ河に沿って旅をしているのに、私は途中「モルダウ河」のことを考えていた。「美しき河よ、モルダウのー」で始まるどこか暗い始まりの曲。中学生の時の合唱コンクールで歌う先輩の姿とともに思い出していた。あれはどこの国の河なんだろう。そう考えていたら、オーストリアで、学生たちがチェコの曲「モルダウ」を、と演奏し始めたのには驚いた。自分の頭の中にあった事象が小説の中に現れると、もはや運命と感じてしまう、読書あるある。

 

の間、日本にいる絹子の夫は何を考えてどう暮らしていたのだろう。さまざまなことが起きている絹子らの旅の途中、ふとした瞬間に考えてしまった。何かの行動を起こそうとした相手、かたや、もう一方の心理。日常から離れて旅に出るということは、旅先の景色を見て感動することよりも、むしろ自分について、自分と関わる人について、自分の未来について考えるためなのかもしれない。絹子の夫もまた、日常に当たり前にいた妻をなくした非日常を味わい、何かを考えているはずだ。

 

り返ると、宮本輝さんの大河大作『流転の海』を読んだのはほぼ1年前だったのか。本当に月日の経つのはあっという間だ。宮本さんの作品には河がよく登場する。人間の運命を河の流れになぞらえているのであろう。

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