書に耽る猿たち

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『螢川・泥の河』宮本輝|のちの大作へとつながる

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『螢川・泥の河』宮本輝

新潮文庫 2021.9.29読了

 

日、宮本輝さんの大河大作『流転の海』全9部作を読み、えらく感動した。まだ川三部作を読んでいなかったので、この機会に読むことにした。全てが1冊にまとまったものがちくま文庫から刊行されていたのを知らずに、新潮文庫で(いささかやられた感)。『流転の海』同様に宮本さんの自伝的作品ということが頷けて、重なる場面も多かった。

 

『泥の河』

太宰治賞を受賞された宮本さんのデビュー作である。作品自体は地味で、まさしく泥のようなどんよりしたイメージを残すが、少年の日の移ろいゆく感情、気持ちと行動が一致しないどうにも説明がつかない言動をうまく描いた小説だった。

大阪のある土地、3つの川が混じり合うところにいくつかの橋が架かっている。その川周辺に住む人たちの日常と、8歳の少年信雄(のぶお)が感じる思い。『流転の海』を彷彿とさせる水辺の暮らし。船で暮らす流浪の家族もいる。そして主人公はのぶちゃん(信雄)。流転の海で宮本輝さん自身を投影した伸仁(のぶひと)に名前も似ている。

信雄は船に住むきいちゃん(喜一)と仲良くなるが、住む世界が異なる2人は離れてしまう。たゆたう船と一緒できいちゃん家族も一つの地に留まらない。子供は何も悪くないのに、大人はいい加減自分のことばかり考えるなよと思う。

泥の中から沙蚕(ごかい)を掬い上げて売っている老人がいた。沙蚕ってなんだろうと思ったら、釣りの餌のことなんだ。釣りに詳しくないから知らなかった。

 

『螢川』

こちらは『泥の河』の翌年に芥川賞を受賞された作品である。もはや『流転の海』を読んでいるかのようだった。もしかしたら、この作品で書ききれなかった強い想いが当時からあり、のちの大作執筆に繋がったのかもしれない。

竜夫の思春期の身体と精神のありようと、両親である千代と重竜の関係性が短い作品の中で息づいている。舞台は雪深い富山である。まさに流転の海の伸仁、房江と熊吾をみているようだった。以前なかにし礼さんの『夜の歌』を読んだ時に、過去の作品の類似性を感じ複雑な心境になったものだが、何故か宮本さんの作品ではそういう風には感じなかった。

螢の大群の場面は圧巻であった。大自然と人間の営みはもしかしたら同じなのかもしれないと思った。ラストの千代が見たものは一体何だったのか。自分の中にある気持ちが幻影となり現れたのだろうか。

 

ちらも名だたる文学賞を受賞されているだけあり、名作である。地味ではあるが魂にずどんと響く。『流転の海』は長すぎて挑戦するのに思いあぐねている人がいたら、まずはこれを読むのがいいかも。読んで気に入ったら是非『流転の海』を。本に収録されている順番も時系列も『泥の河』が先なのに、この文庫本のタイトルが『螢川・泥の河』になってるのが少し疑問だ。

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