書に耽る猿たち

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『道頓堀川』宮本輝|薔薇と河豚に想いを馳せながら

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道頓堀川宮本輝

新潮社[新潮文庫] 2022.2.23読了

 

本輝さんの川三部作、最後の『道頓堀川』を読み終えた。続けて読むのはどうも飽きっぽくてかなり間が空いてしまったが、読んでようやくすっきりした。「あれ読まなきゃな」みたいな感情が頭の片隅にあって数ヶ月気になっていたのだ。

さい頃に両親を亡くした邦彦は、大学に通いながら大阪の繁華街にある喫茶店〈リバー〉で働いている。リバーを営んでいるのが中年の武内という男性だ。武内には邦彦と同じ年齢の政夫という息子がいる。武内の過去が明らかになるにつれ、人間の弱さと脆さが浮かび上がる。読み終えたときに静かな余韻が生まれる上質な小説だった。

バーの店主武内が、店に飾る黄色い薔薇を買ってくるという場面を読んだ時、大阪にある一件の居酒屋を思い出した。知人が営むその店では、カウンターに真っ赤な薔薇を飾るのを習慣とし他の店との差別化になっている。枯れる間際になると店先に薔薇の花びらを撒く。花屋が届けた新しい薔薇をまた活ける。開店前に店主が花びらを撒く姿を見て、そしてその後カウンターでお酒を飲む時に活けられた真っ赤な薔薇を見た。その鮮烈な絨毯のような赤が目に焼き付いている。

彦の父親に世話になったという宇崎はふぐ料理やを営んでいる。またしても昨年末に大阪で食べた「てっちり」を思い出した。「フグの白子を餅焼き網で焼きまんねや。炭火で焼くのが最高でんなぁ。そのあつあつのやつにだいだいをかけて、紅葉おろしで食べてみなはれ」(112頁)人は美味しいと体感したことを、優れた文章からも思い出せるんだなぁ。少し大阪に地縁があるからなのか、読んでいて想いを馳せる場面が多かった。

期が近付き最期の挨拶をする場面以外で、もうこの人とは二度と会うことがないんだろうなと思いながら別れることは、実はそんなに多くはない。敢えていうなら、職場で退職する人を見送る時くらいだろうか。まだ若い邦彦なのに、今生の別れを予感できるなんて、若くして両親を亡くした経験からなのだろうか。

オンが川面に映し出された映像が鮮やかに脳裏に浮かんでくる。決して綺麗とはいえない街、人間の業が渦巻く日本有数の歓楽街なのに、宮本さんの手にかかるとどこか美しく感じる。まさに宮本文学のなせる技であろう。川三部作のなかで、私はこの『道頓堀川』が一番気に入った。

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