書に耽る猿たち

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『インスマスの影 クトゥルー神話傑作選』H・P・ラヴクラフト|形のないもの、言葉にできない恐ろしさ

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インスマスの影 クトゥルー神話傑作選』H・P・ラヴクラフト 南條竹則/訳

新潮社[新潮文庫] 2023.5.12読了

 

「クトゥルー神話」「ラヴクラフト」の単語はたまに目にするから、前から気になっていた。私はゲームをしないからわからないけどゲーム内にも結構登場するみたいだ(とはいえ同僚のゲーム好きに聞いても知らないと言われた。特定のゲームなのかな?)。その「クトゥルー神話」の生みの親で暗黒神話の始祖とされるのがラヴクラフト氏であり、彼の短編小説のなかから選りすぐった7編がこの文庫本に収められている。

 

るほど、これがラヴクラフトの文学か。ひとつめの『異次元の色彩』を読んで、癖になりそうな感覚を覚えた。おどろおどしさ、奇怪さ、狂気があるのに、不思議と近未来的な感じがする。古いのに新しい。「地球上の既知の色合いに属さないもの」なんて、もはや映像では表現できないだろうな。この一作目が予想外に読みやすかったから、全てを読了できたのだと思う。

 

インスマスの影』

表題作でありラヴクラフト作品群の中で傑作と名高い小説がラストを飾る。成人のお祝いに、母が生まれたアーカムという街に行こうとしたが、手前にある近隣のインスマスという街に降り立った主人公。人々に嫌われるインスマスという街では何が起きているのか。語り手の不気味な体験を描いた作品だ。他の作品と同様に人間を脅かすクトゥルー(怪物のようなもの)が登場する。クトゥルーとは元々言葉で表記できないような音であるがそれをなんとか文字にしたものらしい(クトゥルーの呼び声』にそんな内容があった)が、全編通してその何か不気味なものが人間を脅やかす。

 

覚や聴覚によって怖さを感じることは多いが、ラヴクラフトは嗅覚によっても恐ろしさを表現しているように思う。それよりなによりも、人間に恐ろしさ、不気味さを掻き立てるのは、形のないもの、言葉にできないものだろう。不気味な気配、ぞくぞくした心理的な影響を及ぼす空気感。一方で、科学書のような、はたまた物理の研究者が文献を発表するかのように思える部分も多くあった。

 

とまず、ラヴクラフトの描く世界観を知ることができてよかった。怪奇、オカルト的な部分だけでなく文学性も有していることが世界中にファンを持つ理由だろう。しかし、読んだ短編どれも設定が似た感じがしてごちゃごちゃになってしまった。ラヴクラフトが残した作品は60作と言われているが、その全てがこの思想だとしたら彼の頭の中はどうなっていたのだろう。それこそがまさに怪奇では。