書に耽る猿たち

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『グレート・サークル』マギー・シプステッド|壮大な愛の物語

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『グレート・サークル』マギー・シプステッド 北田絵里子/訳 ★

早川書房 2023.9.16読了

 

嶋和一さんの作品に、江戸時代に初めて飛行機を飛ばした人を描いた『始祖鳥記』という小説がある。大空を自由のまま鳥のように飛びまわりたいという願い。この『グレート・サークル』を読む前にその作品が頭に思い浮かんだ。あぁ、これは同じように空を飛ぶことに魅入られた人の話だろうなと。

 

イトルからして壮大な世界が思い浮かぶ。800頁超えの単行本で鈍器本に近いと言っても差し支えないほど。ブッカー賞候補作とのことで期待をしていたが、それに違わずこの物語世界に、マリアンらの生き方に虜になる。

 

1950年、1人の女性航空士マリアンが地球一周飛行を試みるが、達成間際に消息を絶ってしまう。一方、2014年、若手女優ハドリーの元に、マリアンの伝記映画に出ないかという話が舞い込む。時空を超えた2人の物語が絡み合い奥行きをもたらす。実はマリアンのパートが8割以上を占めている。彼女にはどんな生い立ちがあり、なぜ空を飛びたいと思ったのか。そしてその行方はー。

 

子の姉マリアンと弟ジェイミーは、父親に捨てられ叔父に育てられた。まったくもって性格が逆の2人は、年上の悪餓鬼ケレイブとつるみながら成長していく。マリアンが13〜14歳になる頃、パイロットになるために自分でお金を稼ごうとするあたりから俄然おもしろくなってきた。

 

リアンは「誰のことも気にかけずにすむほうが人生は楽なのかも」と言うのに対し、バークリーは 「それはちがう。そんな人生はこのうえなく寂しいだろう」(253頁)と言う。また、サラも「人に縛られてこそ、人生の真価が見えるのに」(538頁)とジェイミーに話す。しかし、マリアンのような人もいる。彼女は心の底からパイロットでいることしか望んでいない。人に縛られるのが好きじゃないのだ。

 

厚なストーリーには魅力あふれる人物が多く登場する。様々な愛の形に、時に怒り、哀しみ、そして最後には感動が押し寄せる。マリアンに手を差し伸べる人は多くいるが、マリアンのことを真に理解しているのはもしかしたら弟ジェイミーだけかもしれない。

 

は元々ターナーの絵がそんなに好きではなかったのに、最近は惹かれるものがありとても好きだ。ジェイミーがサラの父親が所有する埋もれた油絵の山から価値があると見出した作品がターナーのものであった。確か夏目漱石さんも贔屓にしていたはず。マリアンと匹敵するほど、画家であるジェイミーの紆余曲折が気になったし、個人的にはジェイミーのパートのほうがおもしろかった。絵画が好きだから芸術家に惹かれるのかも。あと、マリアンに飛行の手ほどきをしたトラウトが好き。

 

大な愛の物語で小説世界を存分に堪能できた。航空小説というよりも大河小説に近い。史実にも忠実であり、戦争の影が人々を失意の底に陥れる。それにしても、いかんせん長い…。持ち運ぶのに一苦労、電車で読むのはなるべく避けたい重さ。現代パートをなくしても十分じゃないかなって思うほど。

 

の長い作品を読み終えたら必ずや満足出来るはずだ。本当は文庫本で上中下3冊くらいになれば、もっと手に取る人が増えるだろうに。しかしハヤカワepi文庫で3冊ともなると、単行本の定価より高くなってしまうよなぁ…。