書に耽る猿たち

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『未見坂』堀江敏幸|心が和みある種の懐かしさを感じる

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『未見坂』堀江敏幸

新潮社[新潮文庫] 2023.9.18読了

 

とした時に読みたくなる作家の一人が堀江敏幸さんである。心が落ち着く時間、それだけをただ欲して堀江さんの奏でる小説世界に足を踏み入れる。

 

の本は『雪沼とその周辺』に連なる連作短編集であり、ある架空の土地に住む人々の他愛もない日々の営みが書かれている。『雪沼と〜』といえば私が堀江さんの作品に触れるきっかけとなった本であり、かつ彼の作品群の中で一番好きな小説である。

 

題作を含めて9つの短編が収められている。どの作品もほっと心が和み、ある種の懐かしさを感じる。『苦い手』では45歳になる太っちょで不器用な肥田さん(名前も体格を表していておもしろい)は、上司の秋川さんからの依頼を断りきれない。それも入社した時から秋川さんにはお世話になっているからだ。入社面接で苦手なものを「利き手ではない右手だ」と答えた肥田さんもユニークで微笑ましくなった。

 

子さんが母親から受け継いだ得意のお菓子料理はタイトルにもなっている『プリン』である。むかし雪沼にあった料理教室で教わった味だという。ここであの架空の街が重なり合う。この作品は老齢に近づいた母親の体調不良やお弁当屋さんの食中毒を扱ったものでどちらかといえば暗い話なのだが、プリンの存在が優しさを感じさせる。

 

見坂(みけんざか)ではなくて、末見坂(まつみざか)だとしばらく勘違いしていた笑。最近、見間違いや読み間違いが多すぎる…。どの短編も、どこにでもいる人々のささいな出来事が淡々と描かれているだけなのに、透き通った美しい文章と、言いたかったけれど言葉に出来ない気持ちを代弁してくれることにまたもや心を奪われ、気づくとあっという間に読み終えてしまっていた。しかし『雪沼と〜』に比べると劣ってしまうかな。

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