書に耽る猿たち

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『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』川本直|真実と虚構の間を彷徨い、頭がぐらぐら。それが楽しい。

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『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』川本直

河出書房新社河出文庫] 2023.11.23読了

 

やはや、文庫になるの早すぎでしょ。単行本が出てから2年あまりで文庫化されている。読売文学賞を受賞しているからか。ともあれ単行本を買うかかなり悩んでいた私にとっては、河出文庫からこれが出たのは朗報だった。ナボコフ著『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』のオマージュなのかとか(読んでないけど)、いろんな意味で気になっていたのだ。

 

ュリアン・バトラーという架空の作家のことを、同じく架空の作家アンソニー・アンダーソンが書いた回想録が『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』で、これを邦訳したのが川本直さんという構成になっている。真実と虚構が入り混じる滅多に体験できない読書で、頭がぐらぐらして酔いそうになった!

 

トラーによる『ネオ・サテュリコン』の一部が最初に挿入されているのだが、なんたる卑猥さ、猥褻さよ。この先読み読められるかなと不安だった。しかしアンダーソン自身は性描写を書くのが苦手ということで省略されておりその後は想像するのみ。ポルノ小説でもなんでもなかった。

 

本さんの外国文学への偏愛ぶりがうかがえる。読みながらくすっとなる箇所が多いから、外国文学好きにはたまらない。「ギムレットにはまだ早い」と会話を交わしたり、この名前は「ハンバート・ハンバートだ!」とか。ものすごい種類の作品が紹介されている。読んだ本も多いが、知らない本もたくさんあった。手元にありながらも、その長さ故に読み始めるきっかけがつかめないプルースト著『失われた時を求めて』は、すぐにでも読みたくなった(もう、この勢いで読まないと、、ひたすら積読まっしぐら…)。

 

 

が真実で何が虚構なのか。バトラーはもちろん想像上の産物であるが、他の人たちはまるで生きて目のあたりにしたかのようだ。編集者であるジロディアスについてはスマホでググった。ポルノ小説を出版した作中と同名の会社であることがわかった。これは真実なのね。てか、この本を読んで、何一つググらないなんて人はいないはず!

 

ルーマンカポーティアンディ・ウォーホルとはかなり密接に関わっている。フィクションとはいえこんなこと勝手にしてしまってよいのだろうかと思うほど。故人に対しては関係ないのかな。それにしても、バトラーとアンダーソンは12〜3歳で出会ってから、こんなにも長く関係が続くことに信じられない。もちろんその関係性の意味合いは年月を経て変わっていくが。

 

くも悪くも日本人が書いたアメリカ人という感じだ。日本人が感じるニュアンスにこんなにも共感できるように訳した文(そもそも訳してないし)はないはずだし、日本人が思う外国人の在り方が書かれている印象を受ける。それでも、アメリカ人に成り切ってこうして評伝めいたフィクションを書けたのは本当に素晴らしいなと思う。というかこれが架空の日本人作家を書いていたら良さが出ないのかも。ちなみに、本編のあとに、訳者川本さんによる〈あとがきにかえて〉があるのだが、これも含めてフィクションだから、気をつけて!

 

本直さんはこれがデビュー作だそう。名前に見覚えがあるのは書評家として活動されているからだ。確かに文庫の解説で目にしたこともある。いきなりこんな小説を書いて、それが読売文学賞を受賞されるんだからものすごいとしかいいようがない。こんなの書いちゃうと、次の作品にプレッシャーがかかるだろうな。

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